智囊 / 經務・徐階
世廟時,倭蹂東南,撫按亟告急請兵,職方郎謂:「兵發而倭已去,誰任其咎?」尚書惑之。相階持不可,則以羸卒三千往。階爭之曰:「江南腹心地,捐以共賊久矣。部臣於千里外,何以遙度賊之必去,又度其去而必不來,而阻援兵不發也?夫發兵者,但計當與不當耳,不當發,則毋論精弱皆不發以省費。當發,則必發精者以取勝,而奈何用虛文涂耳目,置此三千羸卒與數萬金之費以喂賊耶?」尚書懼,乃發精卒六千,俾偏將軍許國、李逢時將焉。國已老,逢時敢深入而疏。驟擊倭,勝之;前遇伏,潰。當事者以發兵為階咎,階復疏云:「法當責將校戰而守令守。今將校一不利輒坐死,而府令偃然自如;及城潰矣,將校復坐死,而守令僅左降。此何以勸懲也?夫能使民者,守令也,今為兵者一,而為民者百,奈何以戰守並責將校也!夫守令勤,則糧餉必不乏;守令果,則探哨必不誤;守令警,則奸細必不容;守令仁,則鄉兵必為用。臣以為重責守令可也。」
新字:世廟時,倭蹂東南,撫按亟告急請兵,職方郎謂:「兵発而倭已去,誰任其咎?」尚書惑之。相階持不可,則以羸卒三千往。階争之曰:「江南腹心地,捐以共賊久矣。部臣於千里外,何以遥度賊之必去,又度其去而必不来,而阻援兵不発也?夫発兵者,但計当与不当耳,不当発,則毋論精弱皆不発以省費。当発,則必発精者以取勝,而奈何用虚文涂耳目,置此三千羸卒与数万金之費以喂賊耶?」尚書懼,乃発精卒六千,俾偏将軍許国、李逢時将焉。国已老,逢時敢深入而疏。驟撃倭,勝之;前遇伏,潰。当事者以発兵為階咎,階復疏云:「法当責将校戦而守令守。今将校一不利輒坐死,而府令偃然自如;及城潰矣,将校復坐死,而守令僅左降。此何以勧懲也?夫能使民者,守令也,今為兵者一,而為民者百,奈何以戦守並責将校也!夫守令勤,則糧餉必不乏;守令果,則探哨必不誤;守令警,則奸細必不容;守令仁,則郷兵必為用。臣以為重責守令可也。」
書き下し
世廟の時、倭は東南を蹂み、撫按は亟かに急を告げて兵を請う。職方郎謂う、「兵発して倭已に去らば、誰か其の咎に任ぜん」と。尚書は之に惑う。相の階は持して不可とし、則ち羸卒三千を以て往かしめんとす。階は之を争いて曰く、「江南は腹心の地なり、捐てて以て賊に共すること久し。部臣は千里の外に於いて、何を以て遙かに賊の必ず去らんことを度り、又た其の去りて必ず来たらざらんことを度りて、援兵の発するを阻むや。夫れ兵を発するは、但だ当と不当とを計るのみ。当たらざれば、則ち精弱を論ずる毋く皆発せずして以て費を省け。当たれば、則ち必ず精なる者を発して以て勝を取れ。而るを奈何ぞ虚文を用いて耳目を塗り、此の三千の羸卒と数万金の費とを置きて以て賊に喂わしむるや」と。尚書は懼れ、乃ち精卒六千を発し、偏将軍の許国、李逢時をして将いしむ。国は已に老い、逢時は敢えて深入して疏なり。驟かに倭を擊ちて、之に勝つ。前みて伏に遇い、潰ゆ。当事者は兵を発せしを以て階の咎と為す。階は復た疏して云う、「法は当に将校に戦を責め守令に守を責むべし。今は将校は一たび利あらざれば輒ち坐して死し、而るに府令は偃然として自如たり。城の潰ゆるに及びて、将校は復た坐して死し、守令は僅かに左降するのみ。此れ何を以て勧懲せんや。夫れ能く民を使う者は、守令なり。今、兵為る者は一にして、民為る者は百なり。奈何ぞ戦守を並べて将校に責めんや。夫れ守令勤むれば、則ち糧餉は必ず乏しからず。守令果なれば、則ち探哨は必ず誤らず。守令警むれば、則ち奸細は必ず容れられず。守令仁なれば、則ち郷兵は必ず用を為す。臣は以為えらく、重く守令を責むるは可なり」と。
現代語訳
世宗(嘉靖帝)の時代、倭寇が東南地方を荒らし、巡撫と巡按はしきりに急を告げて援兵を求めた。職方郎は言った。「兵を出してから倭寇がすでに去っていたら、誰がその責任を取るのか。」尚書はこれに惑わされた。宰相の徐階は固く反対し、すると尚書は弱い兵士三千人を送ろうとした。階はこれに異を唱えて言った。「江南は国の腹心の地であり、賊に任せて捨て置くようになって久しい。中央の役人が千里離れた所から、どうして賊が必ず去ると見込み、また去ったあと二度と来ないと見込んで、援軍の出動を阻むのか。兵を出すかどうかは、ただ出すべきか否かを考えるべきだ。出すべきでないなら、精鋭か弱兵かを問わず一兵も出さずに費用を省けばよい。出すべきなら、必ず精鋭を出して勝ちをとるべきだ。それを、見せかけの文書で耳目をごまかし、この三千の弱兵と数万金の費用を賊に食わせるようなことをしてよいのか。」尚書は恐れ、精兵六千人を出し、偏将軍の許国と李逢時に率いさせた。許国はすでに老い、李逢時は大胆に深入りして粗略だった。すぐに倭寇を撃って勝ったが、進んだ先で伏兵に遇い、崩れた。担当者は兵を出したことを階の責任だとした。階はまた上奏して言った。「法では、将校には戦いを、守令には守りを責めるべきである。今は将校は一度不利があればすぐ死罪となるのに、府や県の長官はゆったりと平然としている。城が落ちれば、将校はまた死罪となるが、守令はわずかに左遷されるだけである。これでどうして賞罰で励ませようか。民を使えるのは守令である。今、兵となる者は一で、民となる者は百である。どうして戦いと守りをともに将校にだけ責めるのか。守令が勤勉なら食糧は必ず足りる。守令が果断なら斥候は必ず誤らない。守令が慎重なら間者は必ず入り込めない。守令が仁なら郷兵は必ず役に立つ。私は、守令を重く責めるのがよいと考える。」
解説
この章句が説くこと
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