智囊 / 經務・葉夢得
葉石林在潁昌,歲值水災,京西尤甚,浮殍自唐、鄧入境,不可勝計,令盡發常平所儲以賑。遺棄小兒,無由得之。日詢左右曰:「民間無子者,何不收畜?」曰:「患既長或來識認。」葉閱法例:凡傷災遺棄小兒,父母不得復取。遂作空券數千,具載本法,即給內外廂界保伍,凡得兒者,皆使自明所從來,書券給之,官為籍記,凡全活三千八百人。
新字:葉石林在潁昌,歳値水災,京西尤甚,浮殍自唐、鄧入境,不可勝計,令尽発常平所儲以賑。遺棄小児,無由得之。日詢左右曰:「民間無子者,何不収畜?」曰:「患既長或来識認。」葉閲法例:凡傷災遺棄小児,父母不得復取。遂作空券数千,具載本法,即給内外廂界保伍,凡得児者,皆使自明所従来,書券給之,官為籍記,凡全活三千八百人。
書き下し
葉石林は潁昌に在り、歳たまたま水災に値い、京西は尤も甚だし、浮殍は唐、鄧より境に入り、勝げて計う可からず、令して尽く常平の儲うる所を発して以て賑わしむ。遺棄の小児は、之を得るに由無し。日に左右に詢いて曰く、「民間に子無き者は、何ぞ収め畜わざる」と。曰く、「患うらくは既に長じて或いは来りて識認せんことを」と。葉は法例を閲するに、凡そ傷災に遺棄せし小児は、父母復た取るを得ず。遂に空券数千を作り、具に本法を載せ、即ち内外廂界の保伍に給し、凡そ児を得る者には、皆自ら其の従りて来る所を明らかにせしめ、券を書して之に給し、官は為に籍記す。凡そ全活せしむる者三千八百人なり。
現代語訳
葉石林(葉夢得)が潁昌にいたとき、その年はちょうど水害に当たり、京西地方はとくにひどく、流れ着いた餓死者が唐州・鄧州の方から領内に入ってきて、数えきれないほどだった。そこで命じて、常平倉に蓄えていた穀物をすべて放出して救済させた。しかし、捨てられた幼児は引き取り手を見つけるすべがない。葉は毎日側近に尋ねた。「民間で子のない者は、なぜ拾って育てないのか。」答えて言う。「大きくなってから実の親が来て自分の子だと認めに来るのを心配しているのです。」葉が法令の先例を調べると、水害で捨てられた子は、父母があとから取り戻すことはできないとある。そこで白紙の証書を数千枚作り、その法の条文を詳しく書き入れ、内外の街区の保伍に配って、子を拾った者には、その子の来歴を自分で明らかにさせたうえ証書を書いて渡し、役所もそのために帳簿に記録した。こうして命を全うさせた者は三千八百人にのぼった。
解説
この章句が説くこと
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三略・中略故に聖王の世を御するや、盛衰を観、得失を度りて、之が制を為す。故に諸侯は二師、方伯は三師、天子は六師なり。世乱るれば則ち叛逆生じ、王沢竭くれば則ち盟誓相ひ誅伐す。
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『呻吟語』内篇・應務・禮の用は和を貴しと為す禮法を制して以て萬世に垂れ天下を繩する者は、須らく是れ時中の聖人天理人情の至を斟酌して之を為すべし。一に以て極を立て、一毫の矯拂心無く、一毫の懲創心無く、一毫の一切心無し。嚴なれども人情に苦しからず、寬なれども天則に亂れず。天下をして肯へて從ひ萬世相安んぜしむ。故に曰く、「禮の用は和を貴しと為す」と。和の一字は、禮法を制する時合下便ち有り。豈に美と為さずや。是を以て繁密なる者は人の躁心を激し、嚴峻なる者は人の畔心を激す。甚だしき者は、乃ち之を驅るなり。
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尉繚子・制談凡そ兵制は必ず先ず制を定む、先ず定まれば則ち士亂れず、士亂れざれば則ち刑乃ち明らかなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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