論語 / 衛霊公篇
顏淵問爲邦。子曰:「行夏之時,乘殷之輅,服周之冕,樂則韶舞。放鄭聲,遠佞人。鄭聲淫,佞人殆。」
新字:顔淵問為邦。子曰:「行夏之時,乗殷之輅,服周之冕,楽則韶舞。放鄭声,遠佞人。鄭声淫,佞人殆。」
書き下し
顔淵、邦を為むるを問う。子曰く、「夏の時を行い、殷の輅に乗り、周の冕を服し、楽は則ち韶舞。鄭声を放ち、佞人を遠ざく。鄭声は淫にして、佞人は殆し。」
現代語訳
顔淵が国の治め方について尋ねた。先生はおっしゃった。「暦は夏のものを用い、車は殷のものに乗り、冠は周のものを着け、音楽は韶の舞を用いる。鄭の音楽を追放し、口先の巧みな者を遠ざける。鄭の音楽は淫らであり、口先の巧みな者は危険だからだ。」
解説
国の制度設計を、三つの王朝から良いものを選んで組み合わせるという形で答えている。夏の暦、殷の車、周の冠。一つの王朝の制度をまるごと採用するのではない。分野ごとに最も優れたものを選ぶ、という発想である。復古主義者と見られがちな孔子だが、実際には選択的な取捨をしている。後半の二つの追放も重要だ。淫らな音楽と、口先の巧みな人。どちらも人を惑わせるという点で共通している。制度を整えるだけでなく、判断を狂わせるものを排除する。組織の設計に置き換えると分かりやすい。良い仕組みを各所から取り入れることと、判断を狂わせる要素を除くこと。前者だけをやる組織は多いが、後者を明示的にやる組織は少ない。
この章句が説くこと
制度設計取捨鄭声佞人顔淵
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