呻吟語 / 内篇・應務・禮の用は和を貴しと為す
制禮法以垂萬世、繩天下者,須是時中之聖人斟酌天理人情之至而為之。一以立極,無一毫矯拂心,無一毫懲創心,無一毫一切心,嚴也而於人情不苦,寬也而於天則不亂,俾天下肯從而萬世相安。故曰:「禮之用,和為貴。」和之一字,制禮法時合下便有,豈不為美?《儀禮》不知是何人製作,有近於迂闊者,有近於迫隘者,有近於矯拂者,大率是個嚴苛繁細之聖人所為,胸中又帶個懲創矯拂心,而一切之。後世以為周公也,遂相沿而守之,畢竟不便於人情者,成了個萬世虛車。是以繁密者激人躁心,而天下皆逃於闊大簡直之中;嚴峻者激人畔心,而天下皆逃於逍遙放恣之地。甚之者,乃所驅之也。此不可一二指。余讀《禮》,蓋心不安而口不敢道者,不啻百餘事也。而宋儒不察《禮》之情,又於節文上增一重鎖鑰,予小子何敢言?
新字:制礼法以垂万世、縄天下者,須是時中之聖人斟酌天理人情之至而為之。一以立極,無一毫矯払心,無一毫懲創心,無一毫一切心,厳也而於人情不苦,寛也而於天則不乱,俾天下肯従而万世相安。故曰:「礼之用,和為貴。」和之一字,制礼法時合下便有,豈不為美?《儀礼》不知是何人製作,有近於迂闊者,有近於迫隘者,有近於矯払者,大率是個厳苛繁細之聖人所為,胸中又帯個懲創矯払心,而一切之。後世以為周公也,遂相沿而守之,畢竟不便於人情者,成了個万世虚車。是以繁密者激人躁心,而天下皆逃於闊大簡直之中;厳峻者激人畔心,而天下皆逃於逍遥放恣之地。甚之者,乃所駆之也。此不可一二指。余読《礼》,蓋心不安而口不敢道者,不啻百余事也。而宋儒不察《礼》之情,又於節文上增一重鎖鑰,予小子何敢言?
書き下し
禮法を制して以て萬世に垂れ天下を繩する者は、須らく是れ時中の聖人天理人情の至を斟酌して之を為すべし。一に以て極を立て、一毫の矯拂心無く、一毫の懲創心無く、一毫の一切心無し。嚴なれども人情に苦しからず、寬なれども天則に亂れず。天下をして肯へて從ひ萬世相安んぜしむ。故に曰く、「禮の用は和を貴しと為す」と。和の一字は、禮法を制する時合下便ち有り。豈に美と為さずや。是を以て繁密なる者は人の躁心を激し、嚴峻なる者は人の畔心を激す。甚だしき者は、乃ち之を驅るなり。
現代語訳
礼法を定めて万世に伝え天下を律する者は、時にかなった聖人が天の理と人の情の極みを汲んで作らねばなりません。一つの基準を立て、無理に曲げる心も、懲らしめようとする心も、一律にしようとする心も、毛ほども持ちません。厳しくても人の情を苦しめず、寛くても天の則を乱さない。天下がすすんで従い、万世にわたって安らげるようにします。だから、礼の用は和を貴しとすると言うのです。和の一字は、礼法を定めるその時にすでに込められています。なんと美しいことでしょうか。ですから細かすぎるものは人の苛立ちを煽り、厳しすぎるものは人の背く心を煽ります。ひどい場合は、それが人を追い立てているのです。
解説

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『新書』鑄錢法は天下をして公に租を顧みて銭を鋳しめ、敢えて銅・鉛・鉄を雑えて它の巧を為す者は、其の罪は黥なり。然れども鋳銭の情、鉛鉄を殽え及び以て銅を雑うるに非ざれば、贏を得べからず。而して之を殽うること甚だ微にして、又為し易く、鹽羹の易きに異なること無く、其の利甚だ厚し。法を張ること公に銅錫を鋳ると雖も、鋳る者の情は必ず奸偽なり。名は顧租公鋳と曰うは、法なり、而して実は皆黥罪なり。法有ること此くの若し、上将に何をか頼まんや。夫れ事に禍を召く有り、法に奸を起こす有り、今細民をして造弊の勢を操らしめ、各おの其の家を隠親して公に鋳作せしめ、因りて其の大利微姦を禁ぜんと欲せば、黥罪日に報ぜらるると雖も、其の勢い止まず、民の理は然り。夫れ白着して以て之を請えば、則ち吏随いて之を揜う、民の為に阱を設くること、孰か是より積めるや。上早く之を図れ、民の勢い且に尽きんとす。曩に鋳銭を禁じて、死罪下に積む。今公に銭を鋳しめて、黥罪下に積む。少しく異なると雖も、未だ甚だしからず。民方に陥溺す、上且に救わざらんや。
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論語・衛霊公篇顔淵、邦を為むるを問う。子曰く、「夏の時を行い、殷の輅に乗り、周の冕を服し、楽は則ち韶舞。鄭声を放ち、佞人を遠ざく。鄭声は淫にして、佞人は殆し。」
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