説苑 / 貴德
桓公之平陵,見家人有年老而自養者,公問其故,對曰:「吾有子九人,家貧無以妻之,吾使傭而未返也。」桓公取外御者五人妻之,管仲入見曰:「公之施惠不亦小矣。」公曰:「何也?」對曰:「公待所見而施惠焉,則齊國之有妻者少矣。」公曰:「若何?」管仲曰:「令國丈夫三十而室,女子十五而嫁。」
新字:桓公之平陵,見家人有年老而自養者,公問其故,対曰:「吾有子九人,家貧無以妻之,吾使傭而未返也。」桓公取外御者五人妻之,管仲入見曰:「公之施恵不亦小矣。」公曰:「何也?」対曰:「公待所見而施恵焉,則斉国之有妻者少矣。」公曰:「若何?」管仲曰:「令国丈夫三十而室,女子十五而嫁。」
書き下し
桓公平陵に之き、家人の年老いて自ら養ふ有るを見る、公其の故を問ふ、対へて曰く、「吾に子九人有るも、家貧しくして以て之に妻あはすること無く、吾傭せしめて未だ返らざるなり」と。桓公外御の者五人を取りて之に妻あはす、管仲入りて見えて曰く、「公の恵を施すこと亦た小なるかな」と。公曰く、「何ぞや」と。対へて曰く、「公見る所を待ちて恵を施せば、則ち斉国の妻有る者少なからん」と。公曰く、「若何せん」と。管仲曰く、「国の丈夫をして三十にして室せしめ、女子をして十五にして嫁せしめよ」と。
現代語訳
桓公が平陵に赴いたとき、老人が自ら生計を立てている家を見かけ、その理由を尋ねた。老人は答えた、「私には子が九人いますが、家が貧しくて誰も妻を娶らせてやれず、皆を雇われ仕事に出したまま帰ってきていないのです」と。桓公はそば仕えの女官五人を選び、その子たちに嫁がせた。管仲が参上して言った、「殿の恵みの施し方は、いかにも小さいものですな」と。桓公は「どういうことか」と尋ねた。管仲は答えた、「殿が実際に目にした者だけに恵みを施すのであれば、斉国全体では妻を持てない者はまだまだ多いままです」と。桓公が「ではどうすればよいか」と尋ねると、管仲は言った、「国中の男子には三十歳で妻を娶らせ、女子には十五歳で嫁がせるという制度を定めましょう」と。
解説
この章句が説くこと
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