智囊 / 經務・陳懋仁
陳懋仁云:泉州庫貯敗鐵甚夥,皆先後所收不堪軍器也。餘嘗監收,目擊可用,乃兵丁飾虛,利在掊餉,不論堪否,故毀解還。餘議:堪者,官給工料,分發各營,修理兼用;不堪者作器與之,於軍器銀內,銀七器二,照額搭給,解驗查盤,一如新造之法。並散雨濕火藥,而加硝提之,計省二千餘金,即於餉銀內扣庫,以抵下年徵額,節軍費以紓民力,計無便此。乃當事者泛視不行,終作朽物,惜哉!
新字:陳懋仁云:泉州庫貯敗鉄甚夥,皆先後所収不堪軍器也。余嘗監収,目撃可用,乃兵丁飾虚,利在掊餉,不論堪否,故毀解還。余議:堪者,官給工料,分発各営,修理兼用;不堪者作器与之,於軍器銀内,銀七器二,照額搭給,解験查盤,一如新造之法。並散雨湿火薬,而加硝提之,計省二千余金,即於餉銀内扣庫,以抵下年徴額,節軍費以紓民力,計無便此。乃当事者泛視不行,終作朽物,惜哉!
書き下し
陳懋仁云う、泉州の庫に貯うる敗鉄は甚だ夥し、皆先後に収むる所の軍器の堪えざるものなり。余嘗て監収し、目撃するに用う可きもの有り、乃ち兵丁は虚を飾り、利は餉を掊するに在り、堪うると否とを論ぜず、故に毀して解還せしなり。余議す、堪うる者は、官より工料を給し、各営に分発し、修理して兼ね用いん。堪えざる者は器を作りて之に与え、軍器銀の内に於いて、銀七器二、額に照らして搭給し、解験査盤すること、一に新造の法の如くせん。並びに雨湿の火薬を散じて、硝を加えて之を提し、計るに二千余金を省く。即ち餉銀の内に於いて庫に扣し、以て下年の徴額に抵て、軍費を節して以て民力を紓ぐ、計るに此れより便なるは無し。乃ち当事者は泛視して行わず、終に朽物と作る、惜しい哉。
現代語訳
陳懋仁は言う。泉州の倉庫には壊れた鉄がたいへん多く貯えられていたが、それはみな、あちこちで受け取った使いものにならない武器だった。私はかつて受け取りの監督をしたが、実際には使えるものもあった。ところが兵士たちは見せかけを飾り、軍餉をかすめ取ることを利としており、使えるかどうかを問わず、壊して送り返していたのである。そこで私は提案した。使えるものは、官が工賃と材料を支給して各営に分け、修理して使わせる。使えないものは新しい器に作り替えて与え、軍器の費用のうち銀を七、器を二の割合で、定額どおりに組み合わせて支給し、送って検査し帳簿を調べることは新造の場合と同じにする。さらに雨に湿った火薬は広げて乾かし、硝を加えて精製すれば、二千余金を節約できる。それを軍餉の銀から倉庫に差し引いて来年の徴収額に充てれば、軍費を節約して民の負担をゆるめることになり、これほど都合のよい計画はない。ところが担当者はいいかげんに見流して実行せず、結局は朽ちるにまかせた。惜しいことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『智囊』經務・鄭曉時公曰く、「午門以裏の台基の壊石は、長安の両門に移し出すこと甚だ遠し。今、厚載門の修砌・剝岸は、若し軍に命じて右順門に搬出し、啓明門の前より下りて北するは甚だ近し。就ち此の石を以て剝岸を作り填堵すれば、工部の估料を減ずるを須いず、但だ軍士の労力を省くのみにても亦た可なり」と。黄又た曰く、「善し」と。公曰く、「旧例では、火焦の木は、軍が琉璃・黒窯の二廠に搬送す。往回四十里なり。今、焦木は皆な長大にして、唯だに皇城の諸門のみ出で難きにあらず、外面の房は稠く路は狭く、行き難く転じ難し。況んや今は災変にして、各門の内臣の小房は、毁れざれば即ち折壊す。必ず修蓋して方に身を容るべし。焦木を左右順門の外、東西の宝善・思善の二門の前後、並びに啓明・長庚の両長街に移し出し、各内臣に聴して焦皮を擘き炭と作さしめ、木心の用うべき者は任便取り去りて、各おの私房を修めしむに若くは莫し。皇城内の物を以て皇城内の房を修め、皇城の四門を出でざれば、亦た財力を省かん」と。黄又た曰く、「善し」と。錦衣の趙千戸、陸錦衣の帖を持ち来たりて言う、「軍士の搬出せる火焦は、俱に長安の両門外、大街の両旁に置く。四夷の朝貢の人の往来するに、見て不雅なり。慶寿寺の西の夾道に深坑あり。火焦を以て填満すべし」と。
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『智囊』應卒・周忱正統中、宮殿を彩繪するに、牛膠万余斤を用いんと計り、官を遣わして江南に勅し、上供せしむること甚だ急なり。時に巡撫周忱、議事を以て京に赴き、途に諸に遇う。敕使、公の還りて治めんことを請う。公曰く、「ただ行け、自ずから処置有らん」と。京に至り、言う、「京庫に貯うる所の牛皮、歳久しくして朽腐す。請う、出して膠を煎じて用に応ぜしめん。帰るを俟ちて、皮を市いて庫に還し、新を以て旧に易えば、両つながら便利を得ん」と。王振欣然としてこれに従う。時に辺事緊急にして、工部、文を移し、盔甲・腰刀数百万を造るを索め、その盔は俱に水磨を要す。公、積む所の余米を取り、数に依りて成造し、かつ水磨の明盔は歳月に非ざれば不可なるを計り、暫く擺錫せしめ、旬日にして弁ず。
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『智囊』經務・鄭曉時公は又た曰く、「奉天門の階沿石は一塊三級、殿上の柱磉の大なる者は方二丈なり。此の如く重大にして、往時の皇城に門限の隔て無く拽ぎ進むべきに比せず。近年、九廟の災に、木石の諸料は進むること能わず、承天門の東牆を拆去して方に進み得たり。今の料は九廟に比して又た三重門を進むれば、尤も力を為し難し。焦土を起開し、旧き階沿・磉石・地面の花板石を、逐一に番転すれば、尚お堅厚にして用うべきものあり。下面を番取し、工を加えて之を用う。殿上の三級の台基及び楼門の台基に至るまで、俱に午門の如く挖補すれば皆な可なり。公、能く力めて此の議を主れば、夫力を省くこと万万、銀糧は何ぞ数百万に至らん。驢騾・車輛も又た幾ばくか知らず。莫大の功徳なり」と。徐は甚だ喜び、後三日に再び議し、悉く前説の如し。
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『智囊』經務・陳霽岩陳霽岩、開州に在り。己巳の冬、倉穀幾ど尽く。撫台、各州県に命じて在庫の銀二千両を動支して糴穀せしむ。此の時穀価騰踴し、毎石銀六銭、各県遵行し、大戸に派して糴を領せしめ、価を給すること五銭一石、毎石己を賠すること一銭、耗費復た一銭。災傷の余、大戸何ぞ堪えん。而して倉に入る穀は止だ四千石、是れ上下両つながら病むなり。公、堅く意をして行わず、竟に此を以て参せらる。災年を以て僅かに免る。庚午の秋に至り、州の高郷大いに熟し、隣境は則ち尽く熟し、穀価減じて三銭余に至る。方に撫台に申して銀二千両を動支し、大戸に派して分かち糴せしめ、価を報ずること三銭なれば、即ち数の如く之を給す。自後時価益す減じて二銭五分に至る。大戸、余銀を扣除せんことを請う。公笑いて之に応じて曰く、「寧ろ穀を増すとも銀を減ぜず」と。上年の買う所に比して、穀多きこと三千余石、而して大戸に累賠無し。上司に報ずるの外、余穀七百余石は、則ち尽く以て流民の復業する者に給す。先に是れ本州の土城十五、連年の大雨灌注し、凡そ崩塌すること数十処。庚午の秋、当に議して填修すべし。吏、郷夫を役せんことを請う。公許さず。会たま両年の被災有り、流民は已に荒糧を蠲くを聞き、郷井に還らんことを思う。因りて遍く示を出して招撫して云う、「亟かに帰りて麦を種えよ、官当に爾を賑うべし」と。乃ち前の大戸の糴する所の余穀を出だし、刻期して給散す。另に四五の小牌を各門の一里外に出し、各おの盛穀の袋を将て、土を装いて城上に到り、崩塌の処を填めしむ。総甲は面上に印を用い、倉中に印を験して穀を発す。再び賑して城已に修め完わる。
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『智囊』經務・賀盛瑞金剛牆は実土にして、在工の夫は止だ二十余名。二人一筐にして、三五日に非ざれば不可なり。公、令を下して曰く、「多く土を抬ぐること一筐ごとに、銭二文を加う。朱木屑を以て記と為す」と。各夫は飛走し、日を終えずして畢る。錦衣衛、鹵簿を修せんことを題し、費を計ること万金。公は其の濫なるを嫌い、監工の内臣が毁壊せる者を持ち、俱に司に送る。公は之を閲し、謂いて曰く、「此れ諸弁が公の精明を畏れ、此の伎倆を作して以て題中の疏語を実にするのみ。然らずんば、駕閣庫に未だ火を聞かず、而して銅帯は胡ぞ由りて焦げん。旧は宜しく腐るべきに、胡ぞ直ちに断ずること切るが如きや」と。内臣は言の如く以て諸弁を詰め、且つ参せんと言う。諸弁は跪き泣きて免を求め、工完りて敢えて嘩する無し。用いること千に及ばずして、鹵簿は已に煥然たり。永寧長公主の挙殯あり。例として席殿・群房等、約三百余間を搭ぐ。内使は臨行の時に俱に拆去す。公は令して隙地を擇びて搭蓋せしめ、揪棍を以て杉木の纜眼の下に横穿して之を埋め、席は麻繩を用いて連合せしむ。在工の人は、公の作の無益なるを笑わざる無し。殯を訖わるや、内官は果たして来たりて木を取らんとす。木根は牢固にして、席は復た連合し、即ち力を以て繩を断ちて之を取るも易からず、遂に舍てて去る。公は夫匠を呼びて謂いて曰く、「山中に風雨暴至すれど、屋の避くべき無し。大殿の拆つ外、余の小房は汝の輩に留めて宿食を作さしめん。何如」と。眾は僉な曰く、「便なり」と。公曰く、「毎一席の官価は一分五釐なるも、今は只だ七釐を作り、工価に抵てん。拆棚の日には、悉く爾らの将ち去るに聴す。麻を断ちて麻筋に作り、木は回料に作せ。何如」と。眾は又た曰く、「便なり」と。
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『智囊』經務・鄭曉時公曰く、「三殿の災は、朝廷已に天下に詔す。如何ぞ不雅と説かん。誰か敢えて朝廷の龍文の磚石を将て罪廃せる太平侯の故宅を填めんや。況んや寿宮の災、九廟の災にも、火焦は皆な長安の両門外に出す。軍士は長安大街より重ねて去りて空にて来たれば、人は並び行くべく、官は照管すべし。若し西の夾道より入れば、必ず寺の東の夾道より出ず。路は一半を多くし、三万人は只だ一万五千人の生活を做し得るのみ。豈に営軍の為に人の坑を填むるものあらんや。且つ火焦は工部に尚お用処あり、木石の料が完わるを待ちて、火焦を取りて路を鋪かんとす。長安の坊牌の下より、直ちに奉天殿の前に填め、五寸を加うる毎に、杵もて碎きて平らかに実し、又た五寸を加え、三尺ばかりに至りて、方に上にて大車・旱船・滾石を行らすべし。然らずんば街道・廊道は皆な壊れん。見今、午門外の東西の脇下に数万担の火焦が積堆す。若し搬出すれば、正に久しからずして又た搬入せんことを慮るのみ」と。趙、複た語るも、公は径ちに出ず。
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