智囊 / 經務・鄭曉時
公曰:「三殿災,朝廷已詔天下,如何說不雅?誰敢將朝廷龍文磚石填罪廢太平侯故宅?況壽宮災,九廟災,火焦皆出在長安兩門外。軍士從長安大街重去空來,人可並行,官可照管,若從西夾道人,必從寺東夾道出,路多一半,三萬人只做得一萬五千人生活,豈有營軍為人填坑。且火焦工部還有用處,待木石料完,要取火焦鋪路,直從長安坊牌下填至奉天殿前,每加五寸,杵碎平實,又加五寸,至三尺許方可在上行大車,旱船,滾石,不然街道,廊道皆壞矣,見今午門外東西脅下數萬擔火焦積堆,若搬出,正慮不久又要搬入耳。」趙複語,公徑出。
新字:公曰:「三殿災,朝廷已詔天下,如何説不雅?誰敢将朝廷竜文磚石填罪廃太平侯故宅?況寿宮災,九廟災,火焦皆出在長安両門外。軍士従長安大街重去空来,人可並行,官可照管,若従西夾道人,必従寺東夾道出,路多一半,三万人只做得一万五千人生活,豈有営軍為人填坑。且火焦工部還有用処,待木石料完,要取火焦鋪路,直従長安坊牌下填至奉天殿前,毎加五寸,杵砕平実,又加五寸,至三尺許方可在上行大車,旱船,滾石,不然街道,廊道皆壊矣,見今午門外東西脅下数万担火焦積堆,若搬出,正慮不久又要搬入耳。」趙複語,公径出。
書き下し
公曰く、「三殿の災は、朝廷已に天下に詔す。如何ぞ不雅と説かん。誰か敢えて朝廷の龍文の磚石を将て罪廃せる太平侯の故宅を填めんや。況んや寿宮の災、九廟の災にも、火焦は皆な長安の両門外に出す。軍士は長安大街より重ねて去りて空にて来たれば、人は並び行くべく、官は照管すべし。若し西の夾道より入れば、必ず寺の東の夾道より出ず。路は一半を多くし、三万人は只だ一万五千人の生活を做し得るのみ。豈に営軍の為に人の坑を填むるものあらんや。且つ火焦は工部に尚お用処あり、木石の料が完わるを待ちて、火焦を取りて路を鋪かんとす。長安の坊牌の下より、直ちに奉天殿の前に填め、五寸を加うる毎に、杵もて碎きて平らかに実し、又た五寸を加え、三尺ばかりに至りて、方に上にて大車・旱船・滾石を行らすべし。然らずんば街道・廊道は皆な壊れん。見今、午門外の東西の脇下に数万担の火焦が積堆す。若し搬出すれば、正に久しからずして又た搬入せんことを慮るのみ」と。趙、複た語るも、公は径ちに出ず。
現代語訳
公は言った。「三殿の災害は、朝廷がすでに天下に詔を出しています。どうして見苦しいと言えましょう。誰が敢えて朝廷の龍紋の磚石を使って、罪を得て廃された太平侯の旧宅を埋めようとするでしょうか。まして寿宮の災害、九廟の災害の時にも、焼け残りは皆、長安の両門の外に出しました。兵士は長安の大通りから再び空の手で戻ってくれば、人は並んで歩けて、役人も管理できます。もし西の路地から入れば、必ず寺の東の路地から出ることになります。道のりは半分余計にかかり、三万人は一万五千人分の働きしかできません。どうして営軍が人のために穴を埋めるなどということがありましょうか。それに焼け残りは工部にまだ用途があります。木石の資材が終わった後、焼け残りを取って道を舗装するのです。長安の牌坊の下から、まっすぐ奉天殿の前まで埋め、五寸加えるごとに杵で砕いて平らに固め、さらに五寸加え、三尺ほどに至って初めてその上で大車・旱船・滾石を通せます。そうしなければ街道や廊道はみな壊れます。現在、午門外の東西の脇に数万担の焼け残りが積み上がっています。もし運び出せば、ちょうどまたすぐ運び込む羽目になることを心配するだけです」。趙がなお話そうとしたが、公はそのまま立ち去った。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』襄公十年 偪陽の戦い十年春、柤(さ)に會す。吳子壽夢に會するなり。三月癸丑、齊の高厚、大子光を相(たす)けて、以て先づ諸侯に鍾離に會するに、敬まず。士莊子曰く、「高子、大子を相けて以て諸侯に會す。將に社稷を是れ衛らんとするに、皆敬まず。社稷を棄つるなり。其れ將に免れざらんか」と。夏四月戊午、柤に會す。晉の荀偃・士匄、偪陽(ひつやう)を伐ちて宋の向戌を封ぜんことを請ふ。荀罃曰く、「城小にして固し。之に勝つも武ならず、勝たずんば笑ひと為らん」と。固く請ふ。丙寅、之を圍む。克たず。孟氏の臣秦堇父(しんきんぽ)、重を輦(ひ)きて役に如く。偪陽人、門を啟く。諸侯の士、門す。縣門發す。郰人(すうひと)紇(こつ)、之を抉(かか)げて、以て門に入りし者を出だす。狄虒彌(てきしび)、大車の輪を建てて、之を蒙ふに甲を以てし、以て櫓と為し、左に之を執り、右に戟を拔きて、以て一隊を成す。孟獻子曰く、「詩に所謂『力有ること虎の如し』といふ者なり」と。主人、布を縣く。堇父、之に登る。
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『墨子』辭過子墨子曰く、古の民、未だ宫を為るを知らざる時、陵阜に就きて以て居り、穴して處る。下、潤濕にして民を傷る。故に聖王、作りて宫室を為る。宫室を為るの法に曰く、髙さは以て潤濕を辟くるに足り、邊は以て風寒を圉ぐに足り、上は以て雪霜雨露を待つに足り、宫牆の髙さは、以て男女の禮を别つに足る。謹んで此に止まり、財を費やし力を勞して利を加えざる者は、為さざるなり。是の故に聖王の宫室を作り為るは、生に使するにして、以て觀樂を為さざるなり。衣服・帯履を作り為るは、身に便なるにして、以て辟怪を為さざるなり。故に身に節し、民に誨う。是を以て天下の民、得て治む可く、財用、得て足る可し。今の主に當たりては、其の宫室を為るや則ち此と異なれり。必ず厚く百姓に作斂し、暴かに民の衣食の財を奪いて、以て宫室・臺榭・曲直の望、青黄刻鏤の飾りを為る。宫室を為ること此くの若し。故に左右皆な之に法象す。是を以て其の財、以て凶饑を待ち孤寡を賑わすに足らず。故に國貧しくして民治め難きなり。君、實に天下の治を欲して其の亂を惡まば、當に宫室を為るは節せざる可からず。
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『墨子』節用中是の故に古者、聖王、制して節用の法を為りて曰く、「凡そ天下の羣百工、輪・車・鞼・匏・陶・冶・梓・匠は、各おの其の能くする所に從事せしむ」と。曰く、「凡そ以て民用に奉給するに足る諸れは、費を加えて民の利を加えざれば則ち止む」と。
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『墨子』節用中古者、聖王、制して衣服の法を為りて曰く、「冬は紺緅の衣を服て輕くして且つ暖かく、夏は絺綌の衣を服て輕くして且つ凊しければ、則ち諸を止む」と。費を加えて民の利に加えざる者は、聖王、為さず。
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『韓非子』南面第十八人主、人臣をして言はしむる者は、必ず其の端を知りて以て其の実を責む。言はざる者は、必ず其の取舎を問ひて以て之が責を為す。則ち人臣敢へて妄言すること莫く、又敢へて黙然たらず。言・黙則ち皆責有るなり。人主事を為さんと欲して、其の端末に通ぜずして、以て其の欲を明らかにすれば、之を為す者有るも、其の為すこと利を得ず、必ず害を以て反る。此れを知る者は、理に任じて欲を去る。事を挙ぐるに道有り。其の入ることの多く、其の出づることの少なきを計る者は、為すべきなり。惑主は然らず。其の入るを計りて、其の出づるを計らず。出づること其の入るに倍すと雖も、其の害を知らず。則ち是れ名得て実亡ぶ。是くの如き者は功小にして害大なり。凡そ功なる者は、其の入ること多く、其の出づること少なくして、乃ち功と謂ふべし。
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『商君書』徠民且つ周軍の勝、華軍の勝、長平の勝、秦の民を亡う所の者は幾何ぞ、民客の兵にして本を事とするを得ざる者は幾何ぞ。臣竊かに以て數うべからずと為すなり。假使し王の群臣に、能くこれを用うる有りて、此れの半ばを費やして、晉を弱め秦を強くすること、三戰の勝の若き者あらば、王は必ず大賞を加えん。今、臣の言う所は、民に一日の繇無く、官に數錢の費無くして、その晉を弱め秦を強くすること三戰の勝に過ぐる有り。而るに王は猶お以て不可と為さば、則ち臣愚にして知る能わざるのみ。
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