智囊 / 經務・范純仁
范忠宣公知襄城,襄俗不事蠶織,鮮有植桑者。公患之,因民之有罪而情輕者,使植桑於家,多寡隨其罪之輕重,後按其所植榮茂與除罪,自此人得其利。公去,民懷之不忘。〔馮述評〕愚於今日軍、徒之罪亦有說焉。夫軍借以戰,徒借以役,非立法之初意乎?今不然矣,或佯死,或借差,或倩代,里甲有僉解之憂,衛所有口糧之費,而罪人之翱翔自如,見者不得而問焉。即所謂徒者,視軍較苦,故諺有「活軍死徒」之說。然而富者買替,貧者行丐,即驛中牽挽之事,所資幾何?又安用此徒為哉!然則宜如何,曰:「若以屯法行之,方今日議開墾,未有成效,誠酌軍衛之遠近,徒限之多寡,押赴某處開荒若干畝。俟成熟升科,即與准罪釋放。其或願留,即為世業。行之數年,將曠土漸變為熟土,且奸民俱化為良民,其利顧不大與?若夫安插有法,羈縻有法,稽核有法,勸相有法,是又非可以一言盡也。
新字:范忠宣公知襄城,襄俗不事蠶織,鮮有植桑者。公患之,因民之有罪而情軽者,使植桑於家,多寡随其罪之軽重,後按其所植栄茂与除罪,自此人得其利。公去,民懐之不忘。〔馮述評〕愚於今日軍、徒之罪亦有説焉。夫軍借以戦,徒借以役,非立法之初意乎?今不然矣,或佯死,或借差,或倩代,里甲有僉解之憂,衛所有口糧之費,而罪人之翱翔自如,見者不得而問焉。即所謂徒者,視軍較苦,故諺有「活軍死徒」之説。然而富者買替,貧者行丐,即駅中牽挽之事,所資幾何?又安用此徒為哉!然則宜如何,曰:「若以屯法行之,方今日議開墾,未有成効,誠酌軍衛之遠近,徒限之多寡,押赴某処開荒若干畝。俟成熟升科,即与准罪釈放。其或願留,即為世業。行之数年,将曠土漸変為熟土,且奸民倶化為良民,其利顧不大与?若夫安挿有法,羈縻有法,稽核有法,勧相有法,是又非可以一言尽也。
書き下し
范忠宣公、襄城に知たりし時、襄の俗は蚕織を事とせず、桑を植うる者鮮し。公、之を患え、民の罪あれど情の軽き者に因りて、桑を家に植えしめ、多寡は其の罪の軽重に随わしめ、後に其の植うる所の栄茂なるを按じて罪を除く。是れより人は其の利を得たり。公の去るや、民は懐いて忘れず。〔馮述評〕愚は今日の軍・徒の罪についても亦た説あり。夫れ軍は借りて以て戦い、徒は借りて以て役す。立法の初意にあらずや。今は然らず。或いは佯死し、或いは借差し、或いは倩代し、里甲に僉解の憂いあり、衛所に口糧の費あり、而るに罪人の翱翔自如たること、見る者も問うを得ず。即ち所謂徒なる者は、軍に視べて較苦なり、故に諺に「活軍死徒」の説あり。然れども富者は替を買い、貧者は行丐し、即ち駅中牽挽の事も、資する所は幾何ぞ。又た安んぞ此の徒を用いんや。然らば宜しく如何にすべきか、曰く、「若し屯法を以て之を行わん。方今、開墾を議するも、未だ成効あらず。誠に軍衛の遠近を酌み、徒の限の多寡を酌み、某処に押赴して荒を開くこと若干畝、成熟して升科するを俟ちて、即ち罪を准して釈放す。其の或いは留まらんと願えば、即ち世業と為す。行うこと数年にして、曠土は漸く熟土と変じ、且つ奸民は俱に良民と化す。其の利、顧って大ならざるか。夫の安插に法あり、羈縻に法あり、稽核に法あり、勧相に法あるが若きは、是れ又た一言を以て尽くすべきにあらざるなり。
現代語訳
范純仁(忠宣公)が襄城の長官だった時、襄城の風習は養蚕や機織りに励まず、桑を植える者もほとんどいなかった。公はこれを憂え、罪はあるが情状の軽い民に、桑を自宅に植えさせ、植える本数は罪の軽重に応じて決め、後でその桑が茂っているかを調べて罪を免じた。これ以来、民はその利益を得た。公が去った後、民は慕って忘れなかった。〔馮夢龍の評〕私は今日の軍・徒の刑罰についても意見がある。軍刑は兵として戦わせ、徒刑は労役させるもので、それが法を立てた当初の意図ではなかったか。今はそうなっていない。死んだふりをしたり、代わりを立てたり、人を雇って代わらせたりして、里甲には罪人を送る負担があり、衛所には食糧の費用がかかるのに、罪人は自由に歩き回り、見る者も咎められない。いわゆる徒刑は、軍刑より重い労役のはずだから、諺に「軍は生き、徒は死ぬ」という言い方もある。だが金持ちは身代わりを買い、貧乏人は乞食をして回り、駅で舟を引く仕事をさせても、その成果はいくらにもならない。こうした徒刑にどんな意味があるのか。では、どうすればよいのか。屯田の法を使うのがよい。今、開墾を議論しながらまだ成果がない。軍衛の遠近を考え、徒刑の期間の長短を考えて、ある土地に護送して荒れ地を何畝か開墾させ、実って税が取れるようになったら罪を許して釈放する。もし留まりたいと願う者には、その土地を世襲の資産とする。数年行えば、荒れ地は次第に熟した畑に変わり、悪人もみな良民に変わる。その利益はかえって大きいのではないか。収容に法があり、拘束に法があり、検査に法があり、励ましに法があるといった細部については、一言で言い尽くせるものではない。
解説
この章句が説くこと
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