智囊 / 經務・張需
張需長於治民,先佐鄖州,渠有淤者,廢水田數十年,守相繼者莫能疏。需甫至,守言及此,憚於動眾,需往看之,曰:「若得人若干,三日可畢。」守怪以為妄,需乃聚人得其數,各帶器物,分量尺數,爭效其力,三日遂畢。守大驚,以為神助。遷霸州守,見其民游食者多,每里置一簿列其戶,每戶各報男女大小口數,派其舍種粟麥桑棗,紡績之具、雞豚之數,遍曉示之。暇則下鄉,至其戶簿驗之,缺者罰之,於是民皆勤力,無敢偷惰,不二年,俱有恒產,生理日滋。
新字:張需長於治民,先佐鄖州,渠有淤者,廃水田数十年,守相継者莫能疏。需甫至,守言及此,憚於動衆,需往看之,曰:「若得人若干,三日可畢。」守怪以為妄,需乃聚人得其数,各帯器物,分量尺数,争効其力,三日遂畢。守大驚,以為神助。遷覇州守,見其民游食者多,毎里置一簿列其戸,毎戸各報男女大小口数,派其舎種粟麦桑棗,紡績之具、鶏豚之数,遍暁示之。暇則下郷,至其戸簿験之,欠者罰之,於是民皆勤力,無敢偸惰,不二年,倶有恒産,生理日滋。
書き下し
張需は民を治むるに長ず。先に鄖州を佐くるとき、渠に淤する者あり、水田を廃すること数十年、守の相い継ぐ者も疏くすること能わず。需、甫めて至るに、守、此れを言い、衆を動かすを憚る。需、往きて之を看て曰く、「若し人若干を得ば、三日にして畢うべし」と。守、怪しみて以て妄と為す。需、乃ち人を聚めて其の数を得、各おの器物を帯せしめ、尺数を分量し、争いて其の力を效さしめ、三日にして遂に畢う。守、大いに驚き、以て神助と為す。霸州の守に遷るや、其の民の游食する者の多きを見て、里ごとに一簿を置きて其の戸を列し、戸ごとに各おの男女大小の口数を報ぜしめ、其の舎に粟麦桑棗を種えしめ、紡績の具、鶏豚の数を派し、遍く之を曉示す。暇あれば則ち郷に下り、其の戸に至りて簿もて之を験し、缺くる者は之を罰す。是に於いて民は皆な勤力し、敢えて偸惰する無く、二年ならずして、俱に恒産あり、生理日びに滋せり。
現代語訳
張需は民を治めるのが得意だった。以前、鄖州の補佐をしていた時、水路に泥がたまって水田が数十年も使えなくなっていたが、歴代の長官も浚えなかった。張需が着任したばかりの時、長官がそのことを話したが、人を動員するのを嫌がっていた。張需は現地を見て言った。「人を何人か集められれば、三日で終わります」。長官は不思議に思い、でたらめだと思った。張需は人を集めて必要な数をそろえ、それぞれに道具を持たせ、長さを区切って割り当て、競って力を出させたところ、三日で本当に終わった。長官は大いに驚き、神の助けだと思った。霸州の長官に転じると、その民に遊んで食べている者が多いのを見て、里ごとに帳簿を一冊置いて戸を並べ、戸ごとに男女・大人子供の人数を届けさせ、その家に粟・麦・桑・棗を植えさせ、紡績の道具や鶏・豚の数を割り当て、あまねく知らせた。暇があれば村に下り、各戸を訪ねて帳簿と照らし合わせて確かめ、足りない者は罰した。こうして民はみな勤勉に働き、怠ける者はなくなり、二年たたないうちに、みなが安定した資産を持ち、生業も日々に盛んになった。
解説
この章句が説くこと
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