智囊 / 經務・虞集
「賈生之治安,晁錯之兵事,江統之徙戎,是萬世之至畫也,李鄴侯之屯田,虞伯生之墾墅,平江伯之漕運,〔平江伯陳瑄,合肥人,永樂初董北京海漕,築淮陽海堤八百里,尋罷海運,濬會通河,通南北餉道,疏清江浦以避淮險,議儀真瓜州壩港,鑿徐州呂梁浜,築刀陽,南旺湖堤,開白塔河通江,築高郵湖堤,自淮至臨清建閘四十七,建淮、徐臨通倉以便轉輸,置舍卒導舟,門井樹以便行者。〕是一代之至畫也。李允則之築圃起浮屠,〔事見「術智部」。〕范文正、富鄭公之救荒,是一時之至畫也。畫極其至,則人情允協,法成若天造,令出如流水矣。」
新字:「賈生之治安,晁錯之兵事,江統之徙戎,是万世之至画也,李鄴侯之屯田,虞伯生之墾墅,平江伯之漕運,〔平江伯陳瑄,合肥人,永楽初董北京海漕,築淮陽海堤八百里,尋罷海運,濬会通河,通南北餉道,疏清江浦以避淮険,議儀真瓜州壩港,鑿徐州呂梁浜,築刀陽,南旺湖堤,開白塔河通江,築高郵湖堤,自淮至臨清建閘四十七,建淮、徐臨通倉以便転輸,置舎卒導舟,門井樹以便行者。〕是一代之至画也。李允則之築圃起浮屠,〔事見「術智部」。〕范文正、富鄭公之救荒,是一時之至画也。画極其至,則人情允協,法成若天造,令出如流水矣。」
書き下し
「賈生の治安、晁錯の兵事、江統の徙戎は、これ万世の至画なり。李鄴侯の屯田、虞伯生の墾墅、平江伯の漕運〔平江伯陳瑄は合肥の人。永楽の初め北京の海漕を董し、淮陽の海堤八百里を築き、やがて海運を罷め、会通河を濬い、南北の餉道を通じ、清江浦を疏して淮の険を避け、儀真・瓜州の壩港を議し、徐州の呂梁の浜を鑿ち、刀陽・南旺の湖堤を築き、白塔河を開いて江に通じ、高郵の湖堤を築き、淮より臨清に至るまで閘を建てること四十七、淮・徐・臨・通に倉を建てて転輸に便し、舎卒を置いて舟を導かせ、門井樹を以て行く者に便にす。〕は、これ一代の至画なり。李允則の圃を築きて浮屠を起こし〔事は「術智部」に見ゆ。〕、范文正・富鄭公の救荒は、これ一時の至画なり。画、その至を極むれば、則ち人情允協し、法の成ること天造の若く、令の出ること流水の如し」と。
現代語訳
「賈誼の治安策、晁錯の兵事の議、江統の戎を移す論は、万世にわたる最上の計画である。李泌の屯田、虞集の荒地の開墾、平江伯の漕運〔平江伯陳瑄は合肥の人。永楽の初め、北京への海上輸送を取り仕切り、淮陽に八百里の海堤を築いた。やがて海運をやめ、会通河を浚って南北の兵糧の道を通し、清江浦を切り開いて淮河の難所を避け、儀真・瓜州の堰と港を整え、徐州の呂梁の急流を掘り、刀陽・南旺の湖の堤を築き、白塔河を開いて長江に通じ、高郵湖の堤を築き、淮河から臨清までに水門を四十七造り、淮安・徐州・臨清・通州に倉を建てて輸送を便利にし、宿舎と人夫を置いて船を導かせ、門や井戸や並木を設けて旅人の便宜をはかった。〕は、一時代の最上の計画である。李允則が園を築いて仏塔を建てたこと〔事は術智部に見える〕や、范仲淹・富弼の飢饉救済は、その時々の最上の計画である。計画が最上に達すれば、人の気持ちはよく調和し、法は天が作ったようにでき、命令は流れる水のように行き渡る」と。
解説
この章句が説くこと
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