智囊 / 經務・陳霽岩
即閉之後堂,各給一紙,令開本里自萬金至百金等家,嚴戒勿欺。又因聖節,先揚言齊點各役。至期,拜畢,即喚里老、書手到察院,分作三處,各與紙筆,令開大戶近年之消乏者,或殷厚如故,不必開也。以上因事採訪,編成底冊。審時一甲人齊跪下堂,公自臨視,擇其中二三篤實人,作為公正,與里長同舉大戶應升應降諸人。因知底冊甚明,咸以實舉,遂從而酌驗之,頃刻編定。一日審四五里,往往州官待百姓,不令百姓待州官也。
新字:即閉之後堂,各給一紙,令開本里自万金至百金等家,厳戒勿欺。又因聖節,先揚言斉点各役。至期,拝畢,即喚里老、書手到察院,分作三処,各与紙筆,令開大戸近年之消乏者,或殷厚如故,不必開也。以上因事採訪,編成底冊。審時一甲人斉跪下堂,公自臨視,択其中二三篤実人,作為公正,与里長同舉大戸応升応降諸人。因知底冊甚明,咸以実舉,遂従而酌験之,頃刻編定。一日審四五里,往往州官待百姓,不令百姓待州官也。
書き下し
即ち之を後堂に閉ざし、各おの一紙を給し、本里の万金より百金に至る等の家を開かしむ。厳しく欺く勿きを戒む。又聖節に因りて、先に揚言して斉しく各役を点ず。期に至り、拝畢りて、即ち里老、書手を喚びて察院に到らしめ、分かちて三処と作し、各おの紙筆を与え、大戸の近年の消乏せる者を開かしめ、或いは殷厚なること故の如くなれば、必ずしも開かざるなり。以上は事に因りて採訪し、編みて底冊と成す。審する時、一甲の人斉しく堂下に跪く。公、自ら臨視し、其の中より二三の篤実なる人を擇び、公正と為し、里長と与に大戸の応に升降すべき諸人を同挙せしむ。底冊の甚だ明らかなるを知るに因り、咸な実を以て挙げ、遂に従りて之を酌験し、頃刻に編定す。一日に審すること四五里、往往にして州官の百姓を待ち、百姓をして州官を待たしめず。
現代語訳
そこで彼らを奥の部屋に閉じ込め、それぞれに紙を一枚ずつ与え、自分の里の万金から百金に至る財産の家を書かせた。決して欺いてはならないと厳しく戒めた。また聖節の機会に、あらかじめ各役職の者を一斉に点呼すると言いふらした。当日になると、拝礼が終わった後、里老と書記を察院に呼び寄せ、三か所に分けて、それぞれ紙と筆を与え、大戸のうち近年衰えた者を書かせた。ずっと豊かなままの者は書かなくてよいとした。以上はその折々に調べたことであり、まとめて基礎の帳簿とした。審査の時には、一つの甲の人々がそろって堂の下にひざまずいた。公は自ら臨んで見渡し、その中から二、三人の誠実な人を選んで公正人とし、里長とともに大戸のうち等級を上げ下げすべき者を共同で推挙させた。基礎の帳簿が極めて明確であることを知っていたので、皆が事実どおりに推挙し、それをもとに検討して、短い間に編成が定まった。一日に四、五里を審査し、いつも州官が百姓を待ち、百姓に州官を待たせることはなかった。
解説
この章句が説くこと
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