智囊 / 經務・朱熹
乾道四年,民艱食,熹請於府,得常平米六百石賑貸。夏受粟於倉,冬則加息以償;歉,蠲其息之半,大飢盡蠲之。凡十四年,以米六百石還府,見儲米三千一百石,以為「社倉」,不復收息。故雖遇歉,民不缺食,詔下熹「社倉法」於諸路。〔馮述評〕陸象山曰:「倉固為農之利,然年常豐,田常熟,則其利可久;苟非常熟之田,一遇歲歉,則有散而無斂;來歲秧時缺本,乃無以賑之,莫如兼制平糴一倉,豐時糴之,使無價賤傷農之患;缺時糶之,以摧富民封廩騰價之計,析所糴為二,每存其一,以備歉歲,代社倉之匱,實為長便也,聽民之便,則為社倉法;強民之從,即為青苗法矣,此主利民,彼主利國故也。」今有司積穀之法,亦社倉遺訓,然所積只紙上空言,半為有司乾沒,半充上官,無礙錢糧之用。一遇荒歉,輒仰屋竊歎,不如留谷於民間之為愈矣。噫!何良俊《四友齋叢說》云:
新字:乾道四年,民艱食,熹請於府,得常平米六百石賑貸。夏受粟於倉,冬則加息以償;歉,蠲其息之半,大飢尽蠲之。凡十四年,以米六百石還府,見儲米三千一百石,以為「社倉」,不復収息。故雖遇歉,民不欠食,詔下熹「社倉法」於諸路。〔馮述評〕陸象山曰:「倉固為農之利,然年常豊,田常熟,則其利可久;苟非常熟之田,一遇歳歉,則有散而無斂;来歳秧時欠本,乃無以賑之,莫如兼制平糴一倉,豊時糴之,使無価賤傷農之患;欠時糶之,以摧富民封廩騰価之計,析所糴為二,毎存其一,以備歉歳,代社倉之匱,実為長便也,聴民之便,則為社倉法;強民之従,即為青苗法矣,此主利民,彼主利国故也。」今有司積穀之法,亦社倉遺訓,然所積只紙上空言,半為有司乾没,半充上官,無礙銭糧之用。一遇荒歉,輒仰屋窃嘆,不如留谷於民間之為愈矣。噫!何良俊《四友斎叢説》云:
書き下し
乾道四年、民食に艱しみ、熹、府に請いて、常平米六百石を得て賑貸す。夏に粟を倉に受け、冬には則ち息を加えて償う。歉なれば其の息の半ばを蠲き、大飢には尽く之を蠲く。凡そ十四年、米六百石を以て府に還し、見に儲うる米三千一百石、以て社倉と為し、復た息を収めず。故に歉に遇うと雖も、民食に缺けず。詔して熹の社倉法を諸路に下す。〔馮述評〕陸象山曰く、「倉は固より農の利為り。然れども年常に豊かに、田常に熟すれば、則ち其の利は久しかるべし。苟しくも常に熟するの田に非ずんば、一たび歳歉に遇えば、則ち散有りて斂無く、来歳の秧時には本に缺けて、乃ち以て之を賑う無し。兼ねて平糴の一倉を制するに如くは莫し。豊かなる時は之を糴し、価賤く農を傷つくるの患無からしめ、缺くる時は之を糶し、以て富民の廩を封じて価を騰ぐるの計を摧く。糴する所を析ちて二と為し、毎に其の一を存して、以て歉歳に備え、社倉の匱に代わらしむれば、実に長便為り。民の便に聴すれば則ち社倉の法為り、民の従うを強うれば即ち青苗法為り。此れは民を利するを主とし、彼は国を利するを主とするが故なり」と。今、有司穀を積むの法も、亦た社倉の遺訓なり。然れども積む所は紙上の空言にして、半ばは有司の乾没する所と為り、半ばは上官に充てられ、無礙の銭糧の用となる。一たび荒歉に遇えば、輒ち屋を仰ぎて窃かに歎ず。穀を民間に留むるの愈れりと為すに如かず。噫、何良俊の『四友斎叢説』に云う、
現代語訳
乾道四年、民が食糧に苦しんだ時、朱熹は府に願い出て、常平米六百石を得て貧民に貸し与えた。夏に穀物を倉から受け取り、冬に利息をつけて返させる。凶作の年には利息の半分を免じ、大飢饉の年には全て免じた。およそ十四年たって、米六百石を府に返し、手元の貯えは三千百石となり、これを社倉とし、もう利息は取らなかった。そのため、凶作に遭っても民は食に困らなかった。詔勅が出されて、朱熹の社倉法が各地に伝えられた。〔馮述評〕陸象山は言った。「倉はもとより農民の利益のためのものである。しかし、毎年豊作で田が常に実るなら、その利益は長く続くが、もし常に実る田でなければ、一度凶作に遭えば、放出するばかりで回収できず、翌年の苗を植える時期には元手が足りず、救済することもできない。いっそ、平糴の倉を一つ設け、豊作の時に買い入れて、値が安くて農民が損をする心配をなくし、不足の時には売り出して、富豪が倉を閉ざして値を吊り上げる計略を挫くのがよい。買い入れたものを二つに分け、いつも一つを残して凶作の年に備え、社倉の不足を補えば、実に長く役立つ。民の便宜に任せれば社倉の法になり、民に無理に従わせれば青苗法になる。これは民の利益を主とし、あれは国の利益を主とするからだ」。今の役人の穀物を蓄える法も、社倉の遺訓である。しかし蓄えられるのは紙の上の空言で、半分は役人が着服し、半分は上官に充てられ、差し障りのない銭糧の用になってしまう。ひとたび凶作に遭えば、すぐに天井を仰いでひそかに嘆く。穀物を民間に残しておくほうがましだ。ああ、何良俊の『四友斎叢説』にはこう言う。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』内篇・應務・禮の用は和を貴しと為す禮法を制して以て萬世に垂れ天下を繩する者は、須らく是れ時中の聖人天理人情の至を斟酌して之を為すべし。一に以て極を立て、一毫の矯拂心無く、一毫の懲創心無く、一毫の一切心無し。嚴なれども人情に苦しからず、寬なれども天則に亂れず。天下をして肯へて從ひ萬世相安んぜしむ。故に曰く、「禮の用は和を貴しと為す」と。和の一字は、禮法を制する時合下便ち有り。豈に美と為さずや。是を以て繁密なる者は人の躁心を激し、嚴峻なる者は人の畔心を激す。甚だしき者は、乃ち之を驅るなり。
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三略・中略故に聖王の世を御するや、盛衰を観、得失を度りて、之が制を為す。故に諸侯は二師、方伯は三師、天子は六師なり。世乱るれば則ち叛逆生じ、王沢竭くれば則ち盟誓相ひ誅伐す。
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尉繚子・制談凡そ兵制は必ず先ず制を定む、先ず定まれば則ち士亂れず、士亂れざれば則ち刑乃ち明らかなり。
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