智囊 / 剖疑・張昺
縣有羊角巫者,能咒人死。前令畏禍,每優禮之。其法,書人年甲於木橛,取生羊向糞道一擊,羊僕人死。張昺知之不發。一日有老婦泣訴巫殺其子,張昺遣人捕巫,巫在山已覺,謂其徒曰:「張公正人,吾不能避,吾命盡矣。」乃束手就縛。至,杖百數,無損,反傷杖者手。張昺釋其縛,謂之曰:「汝能咒杖者死,復咒之生,吾即宥汝。」試之不驗,遂收之獄。夜半,烈風飛石,屋瓦索索若崩。張昺知巫所為,起正衣冠,焚香肅坐。及旦,取巫至庭,眾皆以巫神人,咸請釋之。張昺不許,厲聲叱巫。巫悚懼,忽墮珠一顆,光燄燭庭;又墮法書一帙,如掌大。張昺會僚屬,焚其書,碎其珠,問曰:「今欲何如?」巫不答,即僕而死。眾請舁出之,張昺曰:「未也。」躬往瘞於獄中,壓以巨石。時暑月,越三日,發視,腐矣。巫患遂息。〔馮述評〕巫之術,亦乘人禍福利害之念而靈。張昺絕無疑畏,故邪術自不能入。有道士善隱形術,多淫人婦女。公擒至,痛鞭之,了無所苦,已而並其形不見。公托以他出,徑馳詣其居,縛歸,用印於背,然後鞭之,乃隨聲呼嗥,竟死杖下。
新字:県有羊角巫者,能咒人死。前令畏禍,毎優礼之。其法,書人年甲於木橛,取生羊向糞道一撃,羊僕人死。張昺知之不発。一日有老婦泣訴巫殺其子,張昺遣人捕巫,巫在山已覚,謂其徒曰:「張公正人,吾不能避,吾命尽矣。」乃束手就縛。至,杖百数,無損,反傷杖者手。張昺釈其縛,謂之曰:「汝能咒杖者死,復咒之生,吾即宥汝。」試之不験,遂収之獄。夜半,烈風飛石,屋瓦索索若崩。張昺知巫所為,起正衣冠,焚香粛坐。及旦,取巫至庭,衆皆以巫神人,咸請釈之。張昺不許,厲声叱巫。巫悚懼,忽堕珠一顆,光焔燭庭;又堕法書一帙,如掌大。張昺会僚属,焚其書,砕其珠,問曰:「今欲何如?」巫不答,即僕而死。衆請舁出之,張昺曰:「未也。」躬往瘞於獄中,圧以巨石。時暑月,越三日,発視,腐矣。巫患遂息。〔馮述評〕巫之術,亦乗人禍福利害之念而霊。張昺絶無疑畏,故邪術自不能入。有道士善隠形術,多淫人婦女。公擒至,痛鞭之,了無所苦,已而並其形不見。公托以他出,径馳詣其居,縛帰,用印於背,然後鞭之,乃随声呼嗥,竟死杖下。
書き下し
県に羊角巫なる者有り、能く人を咒して死せしむ。前令は禍を畏れ、毎に之を優礼す。其の法は、人の年甲を木橛に書し、生羊を取りて糞道に向かいて一たび擊つ。羊僕れて人死す。張昺、之を知りて発せず。一日、老婦の泣訴する有り、巫、其の子を殺す、と。張昺、人を遣わして巫を捕えしむ。巫、山に在りて已に覚り、其の徒に謂いて曰く、「張公は正人なり。吾、避くる能わず。吾が命尽きたり」と。乃ち手を束ねて縛に就く。至りて杖たること百数、損なう無く、反って杖つ者の手を傷つく。張昺、其の縛を釈き、之に謂いて曰く、「汝、能く杖つ者を咒して死せしめ、復た之を咒して生かさば、吾、即ち汝を宥さん」と。之を試みて験せず。遂に之を獄に収む。夜半、烈風に石を飛ばし、屋瓦索索として崩るるが若し。張昺、巫の所為なるを知り、起ちて衣冠を正し、香を焚き肃坐す。旦に及び、巫を取りて庭に至らしむ。衆、皆な巫を以て神人と為し、咸な之を釈さんことを請う。張昺、許さず。声を厲しくして巫を叱す。巫、悚懼し、忽ち珠一顆を墮とす。光焔、庭を燭らす。又た法書一帙を墮とす。掌の如く大なり。張昺、僚属を会し、其の書を焚き、其の珠を砕きて問うて曰く、「今、何如せんと欲す」と。巫、答えず、即ち僕れて死す。衆、請いて舁ぎ出さんとす。張昺曰く、「未だし」と。躬ら往きて獄中に瘞め、圧すに巨石を以てす。時に暑月、三日を越えて発き視れば、腐れり。巫の患い、遂に息む。〔馮述評〕巫の術も亦た人の禍福利害の念に乗じて霊なり。張昺は絶えて疑畏無し。故に邪術、自ずから入る能わず。道士に隠形の術を善くし、多く人の婦女を淫する者有り。公、擒えて至らしめ、痛く之を鞭つに、了に苦しむ所無く、已にして其の形も並びに見えず。公、他出に托して、径ちに馳せて其の居に詣り、縛して帰り、印を背に用いて、然る後に之を鞭つ。乃ち声に随って呼嗥し、竟に杖下に死す。
現代語訳
県に羊角巫という者がいて、人を呪って死なせることができた。前任の県令は祟りを恐れ、いつも手厚く遇していた。その法は、人の生年月日を木の杭に書き、生きた羊を取って尻に向けて一度打つと、羊が倒れ、その人が死ぬというものであった。張昺はそのことを知っていたが、取りあげなかった。ある日、老婆が泣いて、巫に子を殺されたと訴えた。張昺は人を遣わして巫を捕らえさせた。巫は山にいて既に察知し、弟子に「張公は正しい人だ。私は逃げられない。私の命運は尽きた」と言い、手を縛られて連行された。到着して百回余り杖で打たれたが、傷つかず、かえって打つ者の手を傷つけた。張昺は縛を解き、巫に言った。「おまえが、打つ者を呪って死なせ、また呪って生き返らせられるなら、赦そう」。試したが効果はなかった。そこで獄に収めた。夜中、激しい風が石を飛ばし、屋根の瓦がざわざわと崩れそうな音を立てた。張昺は巫のしわざと知り、起き上がって衣冠を整え、香をたいて端座した。朝になって巫を庭に引き出すと、人々はみな巫を神人とみなし、解き放つよう願った。張昺は許さず、声を厳しくして巫を叱った。巫は恐れおののき、突然珠を一粒落とした。光が庭を照らした。また手のひらほどの大きさの呪術書を一巻落とした。張昺は部下を集め、その書を焼き、珠を砕いて問うた。「いま、どうするつもりか」。巫は答えず、そのまま倒れて死んだ。人々は担ぎ出すことを願ったが、張昺は「まだだ」と言い、自ら獄中に埋め、大石で押さえた。時は暑い月だったので、三日後に掘り返して見ると腐っていた。巫の災いはこうしてやんだ。〔馮夢龍の評〕巫の術も、人の禍福や利害への思いにつけ込んで効くものである。張昺は少しも疑いや畏れがなかった。だから邪術は入り込めなかった。ある道士は姿を隠す術が巧みで、多くの人の婦女を犯していた。公は捕らえて連行し、ひどく鞭打ったが、まったく苦しまず、やがて姿も見えなくなった。公は他出を装って、まっすぐ道士の住まいに駆けつけ、縛って連れ帰り、背中に印を押してから鞭打った。すると声に応じて叫び、ついに杖の下で死んだ。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』得情・鄭洛書・許進・姚公・張昺張御史昺、字は仲明、慈溪の人なり。成化中、進士を以て鉛山県に知たり。薪を売る者有り、性は鱔を嗜む。一日、市より帰り、飢え甚だし。妻、鱔を烹て以て進む。恣に之を啖らい、腹痛みて死す。鄰保は、妻が夫に毒せりと謂い、執えて官に送る。拷訊するも他の据無く、獄具う能わず。械繋されて年を逾ゆ。公、始めて至り、其の牘を閲し、鱔の毒に中れるかと疑う。漁者を召して鱔を捕えしめ、数百斤を得て、悉く水甕中に置く。昂頭して水を出づること二三寸なる者有り。之を数うれば七なり。公異として、此の婦を召して面に烹しめ、而して死囚を出して与に食わしむるに、才かに下嚥して便ち腹痛を称し、俄にして地に仆れて死す。婦の冤乃ち白し。〔馮評〕陸子遠の『神政記』は此の事を載せ、公は神の教えを受けて然りと謂う。説は頗る誕なり。要するに凡そ物の異常なる者は、皆な毒有り。獄を察する者は自ら宜しく心を留むべし。何ぞ冥冥に決を取るを待たんや。
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『智囊』剖疑・張昺成化中、鉛山に婦を娶りて門に及び、幕を揭ぐれば只だ空輿のみなる者有り。姻家、婭の己を欺くと謂い、県に訴う。婭家も又た其の女を戕すと以て互いに訟う。媒、従う諸人、皆な云う、「女は実に輿に升れり。何を以て失い去るかを知らず」と。官、決する能わず。慈溪の張進士昺、新たに任ず。偶たま田を勘して税を均すを以て郊に出で、行きて邑の界に至る。樹の大なること数十抱、蔭の占むること二十余畝、其の下は禾黍に堪えず。公、之を伐りて以て田を広げんと欲す。従者、咸な諫めて、以為えらく、「此の樹は乃ち神の棲む所なり。百姓、稍や瞻敬を失えば、便ち死病に至る。忽視すべからず」と。公、聴かず。文を鄰邑に移し、共に之を伐らんと約す。鄰令、禍を懼れて従わず。父老、吏卒も復た交ごも口を極めて諫め沮むも、公の執ること愈いよ堅し。期日に数十夫を率い、戎服鼓吹して往く。未だ数百歩に至らざるに、公、独り衣冠の者三人の拝謁して道左に在るを見る。曰く、「我ら、樹神なり。此に棲息して年有り。幸いに仁を垂れて舍けよ」と。公、之を叱れば、忽ち見えず。夫に命じて斤を運らさしむるに、樹に血出ず。衆、懼れて止めんと欲す。公、乃ち手自ら之を斧つ。衆、敢えて逆わず。創つこと三百、方めて其の樹を断つ。
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『智囊』詰奸・張小舍相伝う、維亭の張小舎は善く盗を察す。偶たま市中を行くとき、一人の衣冠甚だ整える者の、荷草する者に遇い、数茎を捋取するを見る。因りて廁に如く。張、其の出づるを俟ち、後ろより之を叱す。其の人惶懼す。之を鞫すれば、盗なり。又嘗て暑月に一古廟の中に遊ぶとき、三四輩の席地に鼾睡する有り。傍らに西瓜の劈きて未だ食せざる有り。張も亦た指して盗と為して之を擒う。果たして然り。或ひと其の術を叩く。張曰く、「廁に入りて草を用うるは、此れ無頼の小人なり。其の衣冠は必ず盗み来たれるなり。古廟に群れ睡るは、夜に労して昼に倦めばなり。西瓜を劈くは、以て蠅を辟くるなり」と。時の人之が語を為して曰く、「天も怕れず、地も怕れず、只だ維亭の張小舎を怕る」と。後に瞽丐に途に遇い、疑いて之を跡う。其の溝を跨ぎて過ぐるを見て、擒う。果たして盗魁なり。其の瞽は則ち偽りなり。重賂を請うて免れんとし、某日を期するも、期を過ぎて至らず。久しくして、張、復た途に遇い、責むるに約に渝ることを以てす。盗曰く、「已に臥牀の左足に輸せり。但だ夜に至り、敢えて寢を驚かさざるのみ」と。張猶お信ぜず、曰く、「何を以て徴と為すか」と。盗即ち是の夜の其の夫婦の私語を述ぶ。張始めて大いに駭く。帰りて牀足を視れば、物の係かる有り、許す所の数の如し。兼ねて一利刃を得たり。悚然として曰く、「危うきかな」と。自後、盗を察すること頗る疎なり。〔馮評〕小舎は智なり。此の盗も亦た智なり。小舎、先に盗を察するは、智なり。後に盗を察すること疎なるは、更に智なり。
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『智囊』威克・呂公弼・張詠公弼は夷簡の子。其の成都を治むるに、治は寛を尚び、人は其の威断少なきを嫌う。適たま営卒の法を犯す有り、杖に当たるに、扞ぎて受けず、曰く、「寧ろ剣を以て死せん」と。公弼曰く、「杖は国法なり、剣は自ら請う者なり」と。為に杖して後に之を斬る。軍府は粛然たり。張詠、崇陽に在りし時、一吏の庫中より出ずる有り、其の鬢旁を視れば下に一銭有り、之を詰めれば、乃ち庫中の銭なり。詠命じて之を杖す。吏勃然として曰く、「一銭何ぞ道うに足らん、乃ち我を杖するか。爾は能く我を杖するとも、我を斬ること能わざるなり」と。詠は筆判して云う、「一日に一銭、千日に千銭。縄も木を断ち、水滴も石を穿つ」と。自ら剣を仗りて階を下り、其の首を斬る。府に申して自ら劾す。崇陽の人は今に至るまで之を伝う。詠、益州に知たりし時、嘗て小吏の詠に忤う有り、詠は其の頸に械す。吏恚りて曰く、「枷は即ち易く、脱するは即ち難し」と。詠曰く、「脱するも亦た何ぞ難からん」と。即ち枷に就きて之を斬る。吏は倶に悚懼す。〔馮評〕若し此等の胆決無くんば、強横の小人、何の至らざる所あらん。賊に耕牛を殺して逃亡する者有り、公自首を許す。其の母を拘して、十日出でず、之を釈す。再び其の妻を拘せば、一宿して来たる。公断じて曰く、「母を拘すること十夜、妻を留むること一宿。門に倚りて望むは何ぞ疏く、結髪の情は何ぞ厚きや」と。市に就きて之を斬る。是に於いて自首する者継ぎて至り、並びに遣わして業に帰らしむ。
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『智囊』威克・張詠・柳仲途張詠、未だ第せざる時、嘗て蕩陰に遊ぶ。県令は餽るに束帛と万銭を以てす。詠は即ち之を負いて帰る。或るひと謂う、「此れより去らば夜に遇わん。坡沢は深奥にして、人煙は疏闊なり。徒伴の偕に行くを俟つべし」と。詠曰く、「秋暮れぬ。親は老いて未だ衣を授けず」と。但だ一短剣を捽みて去る。行くこと三十余里、止だ一孤店あり、唯だ一翁と二子のみ。夜始めて分かち、其の子は呼びて曰く、「雞已に鳴けり。秀才は去るべし」と。詠は答えず、即ち戸を推す。詠は先に牀を以て左扉を拒ぎ、手を以て右扉を拒ぐ。其の子は既に呼びて応ぜざれば、即ち闥を排す。詠は忽ち退き立つ。其の子は身を閃かして入る。詠は其の首を斬りて之を斃す。少時にして次子又た至り、前の如くし、復た之を殺す。詠は剣を持ちて翁を視るに、翁は方に火を燎きて痒を爬く。復た其の首を断つ。老幼数人、並びに室に命を終え、乃ち火を縦つ。行くこと二十余里にして始めて曉け、後より来る者相い告げて曰く、「前の店、失火し、挙家焚かれたり」と。事は亦た奇なり、因りて之を附す。
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『智囊』剖疑・蕭瑀・陸粲唐の蕭瑀、仏法を信ぜず。胡僧の善く瑀を咒し、能く人を死生せしむる有り。上之を試すに、験有り。蕭瑀曰く、「僧若し霊有らば、宜しく臣を咒せしむべし」と。僧、敕を奉じて瑀を咒すも、瑀恙無く、僧忽ち僕る。陸貞山粲、居る所の前に小廟有り、呉の俗は五通神を以て礼し、之を五聖と謂い、亦た五王と曰う。陸、病甚だしく、卜者は五聖の祟りと為すと謂い、家人之を祀らんことを請う。陸怒りて曰く、「天下に名は正神為り、爵は侯王と称しながら、母妻を挈えて人家に就きて飲食する者有らんや。且つ脅詐して人の財を取るは、人道の禁ずる所、何ぞ況んや神をや。此れ必ず山魈の類のみ。今、神と約す、如し能く人に禍せば、宜しく某の身に加えよ。某三日死せずんば、必ず其の廟を毀たん」と。家人咸な懼る。三日に至りて、病稍く間え、陸乃ち僕に命じて廟を撤し其の像を焚かしむ。陸竟に恙無し。其の家は今に至るも五聖を祀らず。〔馮述評〕子云う「智者は惑わず」と。其の智を問うに答えて、又曰く、「鬼神を敬して之を遠ざく」と。然らば則ち人を惑わし易き者は、鬼神に如くは無し。此れ巫家の人を欺きて其の志を獲る所以なり。今夫れ人鬼は此の世間を共にし、鬼の人を見ざるは、猶お人の鬼を見ざるがごとし。陰陽道を異にし、各おの相い渉らず。其の旺んなるに方たりては、両つながら傷つくること能わず。其の気衰うるに及びては、亦た互いに制を為す。惟だ夫の惑いて之に近づき、自ら衰に居りて之に旺を授くれば、故に人は霊ならず、鬼は霊なるのみ。西門豹より以下は、偉丈夫と謂うべし。近世巫風盛んに行われ、瘟神の儀従は欽差より侈り、白蓮の名牒は学籍より繁し。将に未来の終わる所を知らんとす、識者何を以て之を挽せんや。
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