智囊 / 剖疑・張昺
成化中,鉛山有娶婦及門,而揭幕只空輿者。姻家謂婭欺己,訴於縣;婭家又以戕其女互訟,媒從諸人皆云:「女實升輿,不知何以失去?」官不能決。慈溪張進士昺新任,偶以勘田均稅出郊,行至邑界。有樹大數十抱,蔭占二十餘畝,其下不堪禾黍。公欲伐之以廣田,從者咸諫,以為「此樹乃神所棲,百姓稍失瞻敬,便至死病,不可忽視也」。公不聽,移文鄰邑,約共伐之。鄰令懼禍,不從。父老吏卒復交口諫沮,而公執愈堅。期日率數十夫戎服鼓吹而往,未至數百步,公獨見衣冠者三人拜謁道左,曰:「我等樹神也。棲息此有年矣,幸垂仁相舍。」公叱之,忽不見。命夫運斤,樹有血出,眾懼欲止。公乃手自斧之,眾不敢逆。創三百,方斷其樹。
新字:成化中,鉛山有娶婦及門,而掲幕只空輿者。姻家謂婭欺己,訴於県;婭家又以戕其女互訟,媒従諸人皆云:「女実升輿,不知何以失去?」官不能決。慈渓張進士昺新任,偶以勘田均税出郊,行至邑界。有樹大数十抱,蔭占二十余畝,其下不堪禾黍。公欲伐之以広田,従者咸諫,以為「此樹乃神所棲,百姓稍失瞻敬,便至死病,不可忽視也」。公不聴,移文鄰邑,約共伐之。鄰令懼禍,不従。父老吏卒復交口諫沮,而公執愈堅。期日率数十夫戎服鼓吹而往,未至数百歩,公独見衣冠者三人拝謁道左,曰:「我等樹神也。棲息此有年矣,幸垂仁相舎。」公叱之,忽不見。命夫運斤,樹有血出,衆懼欲止。公乃手自斧之,衆不敢逆。創三百,方断其樹。
書き下し
成化中、鉛山に婦を娶りて門に及び、幕を揭ぐれば只だ空輿のみなる者有り。姻家、婭の己を欺くと謂い、県に訴う。婭家も又た其の女を戕すと以て互いに訟う。媒、従う諸人、皆な云う、「女は実に輿に升れり。何を以て失い去るかを知らず」と。官、決する能わず。慈溪の張進士昺、新たに任ず。偶たま田を勘して税を均すを以て郊に出で、行きて邑の界に至る。樹の大なること数十抱、蔭の占むること二十余畝、其の下は禾黍に堪えず。公、之を伐りて以て田を広げんと欲す。従者、咸な諫めて、以為えらく、「此の樹は乃ち神の棲む所なり。百姓、稍や瞻敬を失えば、便ち死病に至る。忽視すべからず」と。公、聴かず。文を鄰邑に移し、共に之を伐らんと約す。鄰令、禍を懼れて従わず。父老、吏卒も復た交ごも口を極めて諫め沮むも、公の執ること愈いよ堅し。期日に数十夫を率い、戎服鼓吹して往く。未だ数百歩に至らざるに、公、独り衣冠の者三人の拝謁して道左に在るを見る。曰く、「我ら、樹神なり。此に棲息して年有り。幸いに仁を垂れて舍けよ」と。公、之を叱れば、忽ち見えず。夫に命じて斤を運らさしむるに、樹に血出ず。衆、懼れて止めんと欲す。公、乃ち手自ら之を斧つ。衆、敢えて逆わず。創つこと三百、方めて其の樹を断つ。
現代語訳
成化年間、鉛山で、嫁を迎えて門まで着き、輿の幕を上げると空っぽだったという事件があった。嫁の実家は婿の家が自分たちを欺いたと言って県に訴え、婿の家も嫁を殺したと疑われているとして互いに訴え合った。仲人や付き添いの人々はみな「娘は確かに輿に乗りました。なぜいなくなったのか分かりません」と言った。役人は判決を下せなかった。慈溪出身の進士、張昺が新たに着任した。偶然、田を調べて税を均すために郊外に出て、県境に行き着いた。数十抱えもある大樹があり、その陰は二十畝あまりを覆い、その下では穀物が育たなかった。公はこれを伐って田を広げようとした。従者はみな諫めて言った。「この樹は神のすみかです。民が少しでも敬いを欠けば、死病になります。軽く見てはなりません」。公は聞かなかった。隣の県へ文書を送り、共に伐ろうと約したが、隣の県令は祟りを恐れて従わなかった。長老や役人たちも口々に諫めたが、公の意志はますます固くなった。期日に数十人の人夫を率い、軍装して鼓笛を鳴らして出かけた。まだ数百歩のところで、公は一人だけ、衣冠を着けた三人が道の左に拝謁しているのを見た。三人は「私たちは樹の神です。ここに棲んで年久しくなります。どうか仁をたれてお許しください」と言った。公がこれを叱ると、たちまち姿が消えた。人夫に斧を振るわせると、樹から血が出た。人々は恐れて止めようとした。公は自ら斧を手に取って打った。人々は敢えて逆らわなかった。三百回斧を入れて、ようやく樹を切り倒した。
解説
この章句が説くこと
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