智囊 / 剖疑・王商・王曾
又萬曆戊午間,無錫某鄉構台作戲娛神。有哄於台者,優人不脫衣,倉皇趨避。觀劇者亦雨散,口中戲云:「倭子至矣!」此語須臾傳遍,且云『親見錦衣倭賊』,由是城門晝閉,城外人填湧,踐踏死者近百人,迄夜始定。此雖近妖,亦有司不練事之過也。大抵兵火之際,但當遠其偵探,雖寇果臨城,猶當靜以鎮之,使人心不亂,而後可以議戰守;若訛言,又當直以理卻之矣。開元初,民間訛言「上采女子以充掖庭」。上聞之,令選後宮無用者,載還其家,訛言乃息。語曰:「止謗莫如自修。」此又善於止訛者。天啟初,吳中訛言「中官來彩繡女」,民間若狂,一時婚嫁殆盡。此皆惡少無妻者之所為,有司不加禁緝,男女之失所者多矣。
新字:又万暦戊午間,無錫某郷構台作戯娯神。有哄於台者,優人不脱衣,倉皇趨避。観劇者亦雨散,口中戯云:「倭子至矣!」此語須臾伝遍,且云『親見錦衣倭賊』,由是城門昼閉,城外人填湧,践踏死者近百人,迄夜始定。此雖近妖,亦有司不練事之過也。大抵兵火之際,但当遠其偵探,雖寇果臨城,猶当静以鎮之,使人心不乱,而後可以議戦守;若訛言,又当直以理却之矣。開元初,民間訛言「上采女子以充掖庭」。上聞之,令選後宮無用者,載還其家,訛言乃息。語曰:「止謗莫如自修。」此又善於止訛者。天啓初,呉中訛言「中官来彩繍女」,民間若狂,一時婚嫁殆尽。此皆悪少無妻者之所為,有司不加禁緝,男女之失所者多矣。
書き下し
又た万暦戊午の間、無錫の某郷、台を構えて戯を作し神を娯しましむ。台に哄ぐ者有り、優人、衣を脱がず、倉皇として趨り避く。観劇する者も亦た雨のごとく散じ、口中戯れに云う、「倭子至れり」と。此の語、須臾にして伝遍し、且つ云う、『親しく錦衣の倭賊を見たり』と。是れに由りて城門、昼に閉ざされ、城外の人、填湧し、踐踏して死する者近百人、夜に迄るまで始めて定まる。此れ妖に近しと雖も、亦た有司の事を練らざるの過ちなり。大抵、兵火の際は、但だ当に其の偵探を遠ざくべし。寇、果たして城に臨むと雖も、猶お当に静かにして以て之を鎮め、人心をして乱れざらしめ、而る後に以て戦守を議すべし。若し訛言ならば、又た当に直ちに理を以て之を却くべし。開元の初め、民間に訛言す、『上、女子を采りて以て掖庭に充てん』と。上、聞き、後宮の用無き者を選ばしめ、載せて其の家に還さしむ。訛言、乃ち息む。語に曰く、『謗りを止むるは自ら修むるに如くは莫し』と。此れ又た訛を止むるに善き者なり。天啓の初め、呉中に訛言す、『中官、来たりて繍女を采る』と。民間狂うが若く、一時に婚嫁、殆んど尽く。此れ皆な悪少の妻無き者の為す所なり。有司、禁緝を加えず、男女の所を失う者多し。
現代語訳
また万暦の戊午の頃、無錫のある村で、舞台を建てて芝居を演じ、神を楽しませていた。舞台上でけんかをする者がいて、役者は衣装も脱がず、慌てて走って逃げた。観客も雨のように散り、口々に冗談で「倭寇が来たぞ」と言った。この言葉はまたたく間に伝わり、さらに「錦衣の倭賊をこの目で見た」とまで言われた。これによって城門は昼間から閉ざされ、城外の人が押し寄せ、踏み殺された者は百人近くにのぼり、夜になってようやく収まった。これは妖異に近いが、役人が事にあたる練達を欠いた過ちでもある。大体、戦乱のときは、偵察の者を遠ざけるべきである。敵が実際に城に迫っても、静かにして鎮め、人心を乱さないようにしてから、戦いと守りを議するべきだ。もしデマであれば、ただちに道理でそれを退けるべきである。開元の初め、民間に「天子が女子を選んで後宮に入れる」というデマが流れた。天子はこれを聞き、後宮の不要な者を選んで車で家に送り返させた。デマはやんだ。ことわざに「そしりを止めるには自ら修めるにしくはない」という。これもデマを止めるのが巧みな例である。天啓の初め、呉中に「宦官が来て刺繍の女を選ぶ」というデマが流れた。民間は狂ったようになり、一時に結婚がほとんど済んでしまった。これは妻のいない悪い若者のしわざである。役人が取り締まらなかったため、男女で居場所を失った者が多かった。
解説
この章句が説くこと
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