智囊 / 剖疑・張說・李泌
向使楊素、許敬宗、李林甫之徒承此旨,已就舒王圖定策之功矣!」上曰:「為卿遷延至明日思之。」泌抽笏叩頭泣曰:「如此,臣知陛下父子慈孝如初也。然陛下還宮當自審,勿露此意於左右,露之則彼皆樹功於舒王,太子危矣。」上曰:「具曉卿意。」間日,上開延英殿,獨召泌,流涕闌干,撫其背曰:「非卿切言,朕今悔無及矣,太子仁孝,實無他也。」泌拜賀,因乞骸骨。〔馮述評〕鄴侯保全廣平,及勸德宗和親回紇,皆顯回天之力。獨郜國一事,杜患於微,宛轉激切,使猜主不得不信,悍主不得不柔,真萬世納忠之法。
新字:向使楊素、許敬宗、李林甫之徒承此旨,已就舒王図定策之功矣!」上曰:「為卿遷延至明日思之。」泌抽笏叩頭泣曰:「如此,臣知陛下父子慈孝如初也。然陛下還宮当自審,勿露此意於左右,露之則彼皆樹功於舒王,太子危矣。」上曰:「具暁卿意。」間日,上開延英殿,独召泌,流涕闌干,撫其背曰:「非卿切言,朕今悔無及矣,太子仁孝,実無他也。」泌拝賀,因乞骸骨。〔馮述評〕鄴侯保全広平,及勧徳宗和親回紇,皆顕回天之力。独郜国一事,杜患於微,宛転激切,使猜主不得不信,悍主不得不柔,真万世納忠之法。
書き下し
向使い楊素、許敬宗、李林甫の徒、此の旨を承けなば、已に舒王に就きて定策の功を図らん」と。上曰く、「卿の為に遷延して明日に至りて之を思わん」と。泌、笏を抽きて叩頭し泣きて曰く、「此くの如くんば、臣、陛下の父子慈孝の初めの如きを知るなり。然れども陛下、宮に還らば当に自ら審らかにし、此の意を左右に露わすこと勿かるべし。之を露わせば、則ち彼ら皆な舒王に功を樹てん。太子、危うし」と。上曰く、「具さに卿の意を暁れり」と。間日、上、延英殿を開き、独り泌を召し、流涕闌干として、其の背を撫でて曰く、「卿の切言に非ざれば、朕、今、悔ゆるとも及ぶ無けん。太子は仁孝にして、実に他無きなり」と。泌、拝賀し、因りて骸骨を乞う。〔馮述評〕鄴侯、広平を保全し、及び徳宗に回紇と和親せんことを勧むるは、皆な回天の力を顕す。独り郜国の一事は、患いを微かなるに杜ぎ、宛転激切にして、猜主をして信ぜざるを得ざらしめ、悍主をして柔ならざるを得ざらしむ。真に万世納忠の法なり。
現代語訳
もし楊素、許敬宗、李林甫のような者たちがこの意向を受け取っていたら、すでに舒王に取り入って、後継者を定めた功績をはかっていたでしょう」。天子は言った。「卿のために、延ばして明日まで考えよう」。泌は笏を抜いて額を床につけ、泣いて言った。「そうなさるなら、私は陛下ご父子が慈愛と孝行を、はじめのとおりに取り戻されると存じます。ただし陛下は宮に戻られたら、よくご自分で考え、この意向を側近に漏らしてはなりません。漏らせば、彼らはみな舒王に功を立てようとします。そうなれば太子は危うくなります」。天子は言った。「卿の考えはよく分かった」。翌々日、天子は延英殿を開き、泌を一人だけ召して、涙を流してとめどなく、その背をなでて言った。「卿が切々と述べなければ、朕は今ごろ悔やんでも及ばなかった。太子は仁孝で、本当に他意はない」。泌は拝礼して祝い、そのまま辞職を願った。〔馮夢龍の評〕鄴侯(李泌)が広平王(後の代宗)を守ったことや、徳宗に回紇との和親を勧めたことは、どれも天をも回す力を示した。ただ郜国のこの一件は、災いを微かなうちに防ぎ、遠回しに激しく迫って、疑い深い君主に信じさせずにおれなくし、強情な君主に柔らかくならずにおれなくした。まことに万世にわたる、忠言を聞き入れさせる手本である。
解説
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