智囊 / 億中・盛度
盛文肅度為尚書右丞,知揚州,簡重,少所許可。時夏有章自建州司戶參軍授鄭州推官,過揚州,盛公驟稱其才雅,置酒召之。夏荷其意,為一詩謝別。公先是詩,不發,使人還之,謝不見。夏殊不意,往見通判刁繹,具言所以。繹疑將命者有忤,詣公問故。公曰:「無他也。吾始見其氣韻清秀,謂必遠器;今封詩,乃自稱『新圃田從事』。得一幕官,遂爾輕脫。君但觀之,必止於此官,--志已滿矣。」明年,除館閣校勘,坐舊事寢奪,改差國子監主簿,仍帶原官。未幾卒於京。
新字:盛文粛度為尚書右丞,知揚州,簡重,少所許可。時夏有章自建州司戸参軍授鄭州推官,過揚州,盛公驟称其才雅,置酒召之。夏荷其意,為一詩謝別。公先是詩,不発,使人還之,謝不見。夏殊不意,往見通判刁繹,具言所以。繹疑将命者有忤,詣公問故。公曰:「無他也。吾始見其気韻清秀,謂必遠器;今封詩,乃自称『新圃田従事』。得一幕官,遂爾軽脱。君但観之,必止於此官,--志已満矣。」明年,除館閣校勘,坐旧事寝奪,改差国子監主簿,仍帯原官。未幾卒於京。
書き下し
盛文粛度は尚書右丞たり、揚州に知たり。簡重にして、許可する所少なし。時に夏有章、建州の司戸参軍より鄭州の推官を授けられ、揚州を過ぐ。盛公は驟かに其の才雅を称し、酒を置きて之を召す。夏は其の意を荷し、一詩を為りて謝別す。公は是の詩を先にして、発せず、人をして之を還さしめ、謝して見えず。夏は殊に意わず、往きて通判刁繹に見え、具に所以を言う。繹は将命者に忤う有るかと疑い、公に詣りて故を問う。公曰く、「他無きなり。吾は始め其の気韻の清秀なるを見て、必ず遠器ならんと謂えり。今、詩を封ずるに、乃ち自ら『新圃田の従事』と称す。一幕官を得て、遂に爾く軽脱なり。君は但だ之を観よ、必ず此の官に止まらん、志已に満てり」と。明年、館閣校勘に除せらるるも、旧事に坐して寝奪せられ、国子監主簿に改差せられ、仍お原官を帯ぶ。未だ幾ばくならずして京に卒す。
現代語訳
盛文粛度は尚書右丞で、揚州の知事であった。慎重で重々しく、人を認めることは少なかった。そのとき夏有章が建州の司戸参軍から鄭州の推官に任じられ、揚州を通りかかった。盛公は突然その才と風雅を称え、酒席を設けて招いた。夏はその厚意に感謝し、一首の詩を作って別れを告げた。公はその詩を受け取ったが、開封せずに、人に返させ、辞退して会わなかった。夏は思いがけず驚き、通判の刁繹のもとへ行って、事情を詳しく話した。繹は使いの者が無礼を働いたのかと疑い、公のもとを訪ねて理由を尋ねた。公は言った。「ほかでもない。私ははじめ彼の気韻が清らかで秀でているのを見て、必ず大器だと思った。今、詩を封にして、自ら『新圃田の従事』と名乗っている。ひとつの幕僚の官を得ただけで、こんなに軽薄になる。君、見ていなさい。必ずこの官で終わるだろう。志がもう満たされてしまったのだ」。翌年、館閣校勘に任じられたが、過去の事件に連座して取り消され、国子監主簿に改められ、元の官位を帯びたままとなった。ほどなく京で亡くなった。
解説
この章句が説くこと
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