智囊 / 億中・曹操
何進與袁紹謀誅宦官,何太后不聽,進乃召董卓,欲以兵脅太后。曹操聞而笑之,曰:「閹豎之官,古今宜有,但世主不當假之以權寵,使至於此。既治其罪,當誅元惡,一獄吏足矣,何必紛紛召外將乎?欲盡誅之,事必宣露,吾見其敗也。」卓未至而進見殺。袁尚、袁熙奔遼東,尚有數千騎。初,遼東太守公孫康恃遠不服,及操破烏丸,或說操遂征之,尚兄弟可擒也。操曰:「吾方使康斬送尚、熙首來,不煩兵矣。」九月,操引兵自柳城還,康即斬尚、熙,傳其首。諸將問其故,操曰:「彼素畏尚等,吾急之則並力;緩之則相圖,其勢然也。」
新字:何進与袁紹謀誅宦官,何太后不聴,進乃召董卓,欲以兵脅太后。曹操聞而笑之,曰:「閹豎之官,古今宜有,但世主不当仮之以権寵,使至於此。既治其罪,当誅元悪,一獄吏足矣,何必紛紛召外将乎?欲尽誅之,事必宣露,吾見其敗也。」卓未至而進見殺。袁尚、袁熙奔遼東,尚有数千騎。初,遼東太守公孫康恃遠不服,及操破烏丸,或説操遂征之,尚兄弟可擒也。操曰:「吾方使康斬送尚、熙首来,不煩兵矣。」九月,操引兵自柳城還,康即斬尚、熙,伝其首。諸将問其故,操曰:「彼素畏尚等,吾急之則並力;緩之則相図,其勢然也。」
書き下し
何進、袁紹と宦官を誅せんことを謀るも、何太后聴かず。進は乃ち董卓を召し、兵を以て太后を脅さんと欲す。曹操聞きて之を笑い、曰く、「閹豎の官は、古今宜しく有るべし。但だ世主は当に之に権寵を仮して、此に至らしむべからず。既に其の罪を治めんとせば、当に元悪を誅すべし、一獄吏にて足れり、何ぞ必ずしも紛紛と外将を召さんや。尽く之を誅さんと欲せば、事は必ず宣露せん、吾は其の敗を見る」と。卓未だ至らずして進は殺さる。袁尚・袁熙は遼東に奔り、尚お数千騎有り。初め、遼東太守公孫康は遠きを恃みて服せず、操が烏丸を破るに及び、或ひと操に説きて遂に之を征せば、尚の兄弟は擒にすべしと。操曰く、「吾は方に康をして尚・熙の首を斬り送らしめんとす。兵を煩わさず」と。九月、操、兵を引きて柳城より還る。康は即ち尚・熙を斬り、其の首を伝う。諸将其の故を問う。操曰く、「彼は素より尚らを畏る。吾之を急にせば則ち力を並せ、之を緩にせば則ち相い図る。其の勢い然り」と。
現代語訳
何進は袁紹と宦官を誅殺することを謀ったが、何太后は聞き入れなかった。進はそこで董卓を呼び、兵で太后を脅そうとした。曹操はこれを聞いて笑い、言った。「宦官という官は、昔から今まであるべきものだ。ただ君主が彼らに権力と寵愛を与えて、ここまでにさせてはならなかった。すでにその罪を治めようとするのなら、元凶を誅すべきで、獄吏ひとりで足りる。どうして騒々しく外の将軍を呼ぶ必要があろうか。皆殺しにしようとすれば、事は必ず漏れる。私は彼が敗れるのを見る」。董卓が着く前に進は殺された。袁尚・袁熙は遼東に逃げ、なお数千の騎兵を持っていた。はじめ、遼東太守の公孫康は遠いことを頼りに服従しておらず、曹操が烏丸を破ると、ある人は曹操にそのまま遼東を討てば、袁尚の兄弟は捕らえられると説いた。曹操は言った。「私は今、康に尚と熙の首を斬って送らせるつもりだ。兵を煩わせるまでもない」。九月、曹操は兵を率いて柳城から引き返した。康はすぐに尚と熙を斬り、その首を送った。諸将がそのわけを尋ねた。曹操は言った。「彼らは以前から尚らを恐れている。こちらが急げば力を合わせ、緩めれば互いに謀りあう。その勢いはそうなるものだ」。
解説
この章句が説くこと
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