智囊 / 億中・班超
班超久於西域,上疏願生入玉門關,乃召超還,以戊己校尉任尚代之。尚謂超曰:「君侯在外域三十餘年,而小人猥承君後,任重慮淺,宜有以誨之。」超曰:「塞外吏士,本非孝子順孫,皆以罪過徙補邊屯,而蠻夷懷鳥獸之心,難養易敗。今君性嚴急,水清無魚,察政不得下和,宜蕩佚簡易,寬小過,總大綱而已。」超去後,尚私謂所親曰:「我以班君尚有奇策,今所言平平耳。」尚留數年而西域反叛,如超所戒。
新字:班超久於西域,上疏願生入玉門関,乃召超還,以戊己校尉任尚代之。尚謂超曰:「君侯在外域三十余年,而小人猥承君後,任重慮浅,宜有以誨之。」超曰:「塞外吏士,本非孝子順孫,皆以罪過徙補辺屯,而蠻夷懐鳥獣之心,難養易敗。今君性厳急,水清無魚,察政不得下和,宜蕩佚簡易,寛小過,総大綱而已。」超去後,尚私謂所親曰:「我以班君尚有奇策,今所言平平耳。」尚留数年而西域反叛,如超所戒。
書き下し
班超、西域に久しく、上疏して生きて玉門関に入らんことを願う。乃ち超を召し還し、戊己校尉任尚を以て之に代わらしむ。尚、超に謂いて曰く、「君侯は外域に在ること三十餘年、而して小人は猥りに君の後を承く。任は重く慮は浅し、宜しく以て之を誨うる有るべし」と。超曰く、「塞外の吏士は、本より孝子順孫に非ず、皆な罪過を以て徙されて辺屯に補せらる。而して蛮夷は鳥獣の心を懐き、養い難く敗れ易し。今、君の性は厳急なり。水清ければ魚無く、察政は下と和せず。宜しく蕩佚簡易にして、小過を寛くし、大綱を総ぶるのみ」と。超去りて後、尚は私かに親しむ所に謂いて曰く、「我、班君に尚お奇策有りと以為いしに、今の言う所は平平のみ」と。尚は留まること数年にして西域反叛し、超の戒むる所の如し。
現代語訳
班超は西域に長くおり、上書して生きて玉門関に入りたいと願い出た。そこで超を召還し、戊己校尉の任尚を代わりに就かせた。尚は超に言った。「君侯は外地に三十年余りおられましたが、私のような者がかたじけなくも後を継ぎます。任務は重く思慮は浅い。どうか教え諭してください」。超は言った。「辺境の役人や兵士は、もともと孝行な子孫ではなく、みな罪を犯して流されて辺境の守備に補充された者たちだ。そして蛮夷は鳥獣のような心を持ち、養いにくく、乱れやすい。今、君は性格が厳しく急である。水が清すぎれば魚は住まない。細かく監察する政治では部下と和しない。大らかで簡易にして、小さな過ちは大目に見て、大綱をまとめるだけにしなさい」。超が去ったあと、尚はひそかに親しい者に言った。「私は班君に何か奇策があると思っていたが、今言ったことは平凡なだけだった」。尚は数年留まったが、西域は反乱を起こし、超が戒めたとおりになった。
解説
この章句が説くこと
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