韓非子 / 外儲説右下第三十五
故明主治吏不治民。說在揺木之本與引網之綱。
新字:故明主治吏不治民。説在揺木之本与引網之綱。
書き下し
故に明主は吏を治めて民を治めず。説は木を揺るがすの本と網を引くの綱とに在り。
現代語訳
だから明君は役人を治めるのであって、民を直接には治めない。その根拠は、木を揺らすときの幹と、網を引くときの綱にある。
解説
治吏不治民は韓非子の統治論の核心の一つである。君主が民を直接治めようとするのは、一見すると熱心で立派に見える。だが韓非子はそれを非効率と切って捨てる。根拠として挙げるのが、木と網という二つの比喩だ。この綱領の書き方にも構造がある。結論を述べ、その論拠がどこにあるかを名指しする。結論と根拠が分離しているので、根拠のほうを検証できる。組織の階層についてそのまま応用できる。経営者が現場の一人ひとりに直接働きかけるのは、熱意としては尊いが、規模が増えれば必ず破綻する。代わりに、管理職を治める。管理職の基準を整えれば、その下は自然に整う。ただしこれは、管理職が機能していることが前提になる。幹が腐っていれば、揺らしても葉は落ちない。
この章句が説くこと
マネジメント治吏不治民組織管理階層権限委譲委任
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