智囊 / 億中・楚蒍賈
楚子將圍宋,使子文治兵於睽,終朝而畢,不戮一人。子玉復治兵於蒍,終日而畢,鞭七人,貫三人耳。國老皆賀子文。蒍賈尚幼,後至,不賀。子文問之,對曰:「不知所賀。子之傳政於子玉,曰:『國也,以靖諸內而敗諸外,所獲幾何?子玉之敗,子之舉也。舉以敗國,將何賀焉?子玉剛而無禮,不可以治民;過三百乘,其不能以入矣。苟入而賀,何後之有?」及城濮之戰,晉文公避楚三舍,子玉從之,兵敗自殺。
新字:楚子将囲宋,使子文治兵於睽,終朝而畢,不戮一人。子玉復治兵於蒍,終日而畢,鞭七人,貫三人耳。国老皆賀子文。蒍賈尚幼,後至,不賀。子文問之,対曰:「不知所賀。子之伝政於子玉,曰:『国也,以靖諸内而敗諸外,所獲幾何?子玉之敗,子之舉也。舉以敗国,将何賀焉?子玉剛而無礼,不可以治民;過三百乗,其不能以入矣。苟入而賀,何後之有?」及城濮之戦,晋文公避楚三舎,子玉従之,兵敗自殺。
書き下し
楚子、将に宋を囲まんとし、子文をして兵を睽に治めしむ。終朝にして畢わり、一人をも戮せず。子玉復た兵を蒍に治め、終日にして畢わり、鞭うつこと七人、貫くこと三人なるのみ。国老は皆な子文を賀す。蒍賈は尚お幼く、後れて至り、賀せず。子文之を問う。対えて曰く、「賀する所を知らず。子の政を子玉に伝うるや、曰く、『国なり。内を靖んじて外に敗れば、獲る所は幾何ぞ』と。子玉の敗るるは、子の挙げたるなり。挙げて以て国を敗らば、将に何をか賀せんや。子玉は剛にして礼無し、以て民を治むべからず。三百乗を過ぐれば、其れ以て入る能わず。苟くも入りて賀せば、何の後れか之れ有らん」と。城濮の戦に及び、晋の文公は三舍を避け、子玉は之に従い、兵敗れて自殺す。
現代語訳
楚の君主は宋を包囲しようとして、子文に睽で軍の訓練をさせた。一朝のうちに終わり、一人も罰さなかった。子玉がまた蒍で軍の訓練をし、一日がかりで終え、七人を鞭打ち、三人の耳を貫いた。国の長老たちは皆子文を祝った。蒍賈はまだ若く、遅れて来て、祝わなかった。子文がそのわけを尋ねた。答えて言った。「何を祝えばよいのか分かりません。あなたは政務を子玉に譲るとき、『国のことだ。内を安んじて外で敗れれば、得るものは何だろう』と言いました。子玉が敗れるなら、それはあなたが推挙したからです。推挙して国を敗るのなら、何を祝いましょうか。子玉は剛直で礼がなく、民を治めることができません。三百乗を超える兵を率いれば、無事に戻れないでしょう。もし無事に戻ってから祝っても、遅くはありません」。城濮の戦いで、晋の文公が三舎退くと、子玉はそれを追い、軍は敗れて自殺した。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』内篇・談道・人事は就ち是れ天命人事は就ち是れ天命なり。
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『韓非子』外儲説右下第三十五是に於て燕王因りて国を挙げて之に属す、子之大いに重し。一に曰く、潘寿は、隠者なり。燕人をして之を聘せしむ。潘寿燕王に見えて曰く、「臣子之の益の如くならんことを恐るるなり」と。王曰く、「何の益ぞや」と。対へて曰く、「古者禹死し、将に天下を益に伝へんとす、啓の人因りて相与に益を攻めて啓を立つ。今王子之を信愛し、将に国を子之に伝へんとす、太子の人尽く印を懐き、子之の人為る者一人の朝廷に在る者無し。王不幸にして羣臣を弃てなば、則ち子之も亦益ならん」と。王因りて吏の璽を収め、三百石より以上皆之を子之に効す、子之大いに重し。夫れ人主の鏡照とする所以の者は、諸侯の士徒なり、今諸侯の士徒は皆私門の党なり。人主の自ら浅娋する所以の者は、巌穴の士徒なり、今巌穴の士徒は皆私門の舎人なり。是れ何ぞや。奪褫の資子之に在ればなり。故に呉章曰く、「人主は佯りて人を憎愛せず。佯りて人を愛すれば、復た憎むを得ざるなり。佯りて人を憎めば、復た愛するを得ざるなり」と。一に曰く、燕王国を子之に伝へんと欲するや、之を潘寿に問ふ、対へて曰く、「禹益を愛して天下を益に任じ、已にして啓の人を以て吏と為す。老ゆるに及びて、啓を以て天下に任ずるに足らずと為す、故に天下を益に伝ふ、而して勢重尽く啓に在るなり。已にして啓友党と益を攻めて之が天下を奪ふ、是れ禹名は天下を益に伝へて、実は啓をして自ら之を取らしむるなり。此れ禹の堯・舜に及ばざること明らかなり。今王之を子之に伝へんと欲す、而して吏太子の人に非ざる者無きなり、是れ名は之を伝へて実は太子をして自ら之を取らしむるなり」と。燕王乃ち璽を収め、三百石より以上皆之を子之に効す、子之遂に重し。
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『墨子』尚同中今、王公大人の刑政を為すは則ち此を舉ぐ。政、以て便辟を屬し、父兄故舊に宗りて、以て左右と為し、置きて以て正長と為す。民、上の正長を置くの、正しく以て民を治むるに非ざるを知る。是を以て皆な比周隠匿して、肯えて其の上に尚同すること莫し。是の故に上下、義を同じくせず。若し茍くも上下、義を同じくせざれば、賞譽も以て善を勸むるに足らずして、刑罰も以て暴を沮むるに足らず。
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『韓非子』説疑第四十四従ひて之を罰す。是を以て賢良遂に進みて姦邪並びに退く、故に一挙して能く諸侯を服す。其の記に在りて曰く、堯に丹朱有り、而して舜に商均有り、啓に五観有り、商に太甲有り、武王に管・蔡有り。五王の誅する所の者は、皆父兄子弟の親なり、而して殺して其の身を亡ぼし、其の家を残破する所の者は何ぞや。其の国を害し民を傷つけ法類を敗るを以てなり。其の挙ぐる所を観れば、或いは山林藪沢巌穴の間に在り、或いは囹圄緤紲纏索の中に在り、或いは割烹芻牧飯牛の事に在り。然れども明主は其の卑賤を羞ぢざるなり、其の能の以て法を明らかにし、国を便にし民を利すべきを以て、従ひて之を挙げ、身安く名尊し。乱主は則ち然らず、
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『春秋左氏伝』僖公二十七年 蒍賈、賀さず二十七年春、杞の桓公來朝す。夷禮を用ゐる、故に「子」と曰ふ。公杞を卑しむ、杞共ならざればなり。夏、齊の孝公卒す。齊の怨み有れども、喪紀を廢せず、禮なり。秋、杞に入る、無禮を責むるなり。楚子將に宋を圍まんとし、子文をして兵を睽に治めしむ。終朝にして畢り、一人をも戮せず。子玉復た兵を蒍に治む。終日にして畢り、七人を鞭ち、三人の耳を貫く。國老皆子文を賀す、子文之に酒を飲ましむ。蒍賈尚ほ幼し、後れて至り、賀せず。子文之を問ふ。對へて曰く、「賀する所を知らず。子の政を子玉に傳ふるや、曰く、『以て國を靖んずるなり』と。諸を內に靖んじて諸を外に敗らば、獲る所幾何ぞ。子玉の敗るるは、子の舉なり。舉げて以て國を敗らば、將た何をか賀せん。子玉は剛にして無禮、以て民を治むべからず。三百乘を過ぎば、其れ以て入る能はざらん。苟も入りて賀すとも、何の後るることか之れ有らん」と。
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