智囊 / 億中・卜偃・士鞅
虢公敗戎於桑田,晉卜偃曰:「虢必亡矣!亡下陽不懼,而又有功,是天奪之鑒而益其疾也!必易晉而不撫其民矣,不可以五稔!」後五年,晉滅虢。晉士鞅奔秦。秦伯問於士鞅曰:「晉大夫其誰先亡?」對曰:「其欒氏乎?」秦伯曰:「以其汰乎?」對曰:「然。欒黶汰侈已甚!猶可以免,其在盈乎?」秦伯曰:「何故?」對曰:「武子欒書,黶之父,盈之祖。之德在民,如周人之思召公焉,愛其甘棠,況其子乎?欒黶死,盈之善未能及人,武子所施沒矣,而黶之怨實章,將於是乎在!」秦伯以為知言。
新字:虢公敗戎於桑田,晋卜偃曰:「虢必亡矣!亡下陽不懼,而又有功,是天奪之鑒而益其疾也!必易晋而不撫其民矣,不可以五稔!」後五年,晋滅虢。晋士鞅奔秦。秦伯問於士鞅曰:「晋大夫其誰先亡?」対曰:「其欒氏乎?」秦伯曰:「以其汰乎?」対曰:「然。欒黶汰侈已甚!猶可以免,其在盈乎?」秦伯曰:「何故?」対曰:「武子欒書,黶之父,盈之祖。之徳在民,如周人之思召公焉,愛其甘棠,況其子乎?欒黶死,盈之善未能及人,武子所施没矣,而黶之怨実章,将於是乎在!」秦伯以為知言。
書き下し
虢公、戎を桑田に敗る。晋の卜偃曰く、「虢は必ず亡びん。下陽を亡いても懼れずして、又た功有り、是れ天がその鑑を奪いて其の疾を益すなり。必ず晋を易んじて其の民を撫でず。五稔にすべからず」と。後五年、晋、虢を滅ぼす。晋の士鞅、秦に奔る。秦伯、士鞅に問いて曰く、「晋の大夫は其れ誰か先に亡びん」と。対えて曰く、「其れ欒氏か」と。秦伯曰く、「其の汰を以てか」と。対えて曰く、「然り。欒黶の汰侈已に甚だし、猶お以て免るべきは、其れ盈に在らんか」と。秦伯曰く、「何の故ぞ」と。対えて曰く、「武子欒書は、黶の父にして盈の祖なり。之の徳は民に在り、周人の召公を思うが如く、其の甘棠を愛す、況んや其の子をや。欒黶死して、盈の善は未だ人に及ぶ能わず、武子の施す所は没し、而して黶の怨は実に章かなり。将に是に於いて在らんとす」と。秦伯以て知言と為す。
現代語訳
虢公が戎を桑田で破った。晋の卜偃は言った。「虢は必ず滅びる。下陽を失っても懼れず、さらに功を立てた。これは天がその戒めの鏡を奪って病をさらに重くするものだ。きっと晋を軽んじ、民を労らないだろう。五年はもたない」。五年後、晋は虢を滅ぼした。晋の士鞅が秦に逃れた。秦伯は士鞅に尋ねた。「晋の大夫でどの家が先に滅びるか」。答えた。「欒氏でしょう」。秦伯は言った。「その驕りのためか」。答えた。「そうです。欒黶の驕りぜいたくはすでにひどいものです。それでも免れうるとすれば、その子の盈にかかっているでしょう」。秦伯は言った。「なぜか」。答えた。「武子欒書は、黶の父で盈の祖父です。その徳は民の心に残り、周の人が召公を慕って、その甘棠の木まで大切にしたのと同じで、まして子孫ならなおさらです。欒黶が死ぬと、盈の善行はまだ人々に及ばず、武子の恩恵は途絶え、黶に対する怨みははっきりしています。災いはそこにあるでしょう」。秦伯はこれを道理に通じた言葉と考えた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』襄公十四年 甘棠の愛秦伯士鞅に問ひて曰く、「晉の大夫、其れ誰か先づ亡びん」と。對へて曰く、「其れ欒氏か」と。秦伯曰く、「其の汰れるを以ってか」と。對へて曰く、「然り。欒黶は汰虐已に甚だし。猶ほ以って免るべし。其れ盈に在らんか」と。秦伯曰く、「何の故ぞ」と。對へて曰く、「武子の德は民に在り。周人の召公を思ふが如し。其の甘棠を愛す、況んや其の子をや。欒黶死して、盈の善未だ人に及ぶ能はず、武子の施す所沒せん。而して黶の怨は實に章かなり。將に是に於いて在らんとす」と。秦伯以って知言と為し、之が為に晉に請ひて之を復せしむ。
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『長短経』運命顔・冉の凶は、性命の本なり。〔議に曰く、秦伯、士鞅に問いて曰く「晋の大夫、其れ誰か先に亡びん」と。対えて曰く「其れ欒氏か」と。秦伯曰く「其の汰れるを以てか」と。対えて曰く「然り。欒黶は汰虐已に甚だしきも、猶お以て免るべし。其れ盈に在らんか」と。秦伯曰く「何の故ぞ」と。対えて曰く「武子の徳は人に在り、周人の召公を思うが如し。其の甘棠を愛す、況んや其の子をや。欒黶死して、盈の善未だ人に及ぶこと能わず、武子の施す所没し、而して黶の怨み実に彰る。将に是に於てせんとするか」と。後九年に在りて、晋、欒氏を滅ぼす。是に由りて黶は汰虐なりと雖も、其の父武子の徳を以て、身其の福を受く。盈は賢智なりと雖も、其の黶父の汰虐を以て、遂に禍に遇う。然らば則ち禍と福とは、我の賢虐に在らず。
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説苑・辨物虢公廟に在るを夢む。神有り――人面白毛、虎爪にして鉞(まさかり)を執り、立ちて西阿(せいあ)に在り。公懼れて走る。神曰わく、「走る無かれ。帝今日晋をして爾が門を襲わしむ。」公拝して頓首す。覚めて史嚚(しぎん)を召して之を占わしむ。嚚曰わく、「君の言の如くんば、則ち蓐収(じょくしゅう)なり、天の罰神なり。天の事は官成る。」公人をして之を囚(こもら)しめ、且つ国人をして夢を賀せしむ。舟之僑(しゅうしきょう)其の諸侯に告げて曰わく、「虢久しからじ、吾乃ち今之を知る。君度らずして、大国の己を襲うを嘉す、何の瘳(い)えんや。吾之を聞く、大国道無くして、小国之を襲うを服と曰い、小国傲りて、大国之を襲うを誅と曰う、と。民は君の侈(おご)るを疾(にく)む、是を以て逆命に由る。今其の夢を嘉すれば、侈必ず展(の)び、是れ天の之が鑑を奪いて其の疾を益すなり。民其の態を疾みて、天又之を誑(たぶら)かす。大国来たりて誅す、令を出だして逆らう。宗国既に卑しく、諸侯己を遠ざく、外内親しむ無し、其れ誰か之を救わんと云わん。吾忍びて俟たず、将に行かんとす。」其の族を以て晋に適(ゆ)く。三年にして虢乃ち亡ぶ。
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国語・晋語二虢公(かくこう)夢に廟に在り。神有り、人面白毛にして虎爪(こそう)、鉞(えつ)を執りて西阿(せいあ)に立つ。公懼れて走る。神曰く、「走ること無かれ。帝命じて曰く、『晋をして爾(なんじ)の門に襲(い)らしめん』と」。公拝して稽首す。覚めて、史嚚(しぎん)を召して之を占わしむ。対えて曰く、「君の言の如くんば、則ち蓐収(じょくしゅう)なり、天の刑神なり。天事は官成る」と。公之を囚えしめ、且つ国人をして夢を賀せしむ。舟之僑(しゅうしきょう)諸(これ)を其の族に告げて曰く、「衆虢の亡ぶること久しからずと謂う。吾乃ち今之を知る。君度(はか)らずして大国の襲うを賀す、己に於いて何ぞ瘳(い)えん。吾之を聞けり、曰く、『大国道あれば、小国焉に襲るを服と曰う。小国傲(おご)れば、大国焉に襲るを誅と曰う』と。民君の侈(おご)りを疾(にく)む、是を以て命に逆らうことを遂ぐ。今其の夢を嘉(よみ)すれば侈り必ず展(の)びん。是れ天之が鑒(かがみ)を奪いて其の疾を益すなり。民其の態を疾み、天又之を誑(たぶら)かす。大国来たりて誅するに、令を出だして逆う。宗国既に卑しく、諸侯己を遠ざく。内外に親無し、其れ誰か之を救わんと云わん。吾俟つに忍びざるなり」と。将に行かんとし、其の族を以て晋に適く。六年にして、虢乃ち亡ぶ。
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『春秋左氏伝』僖公五年 虢を滅ぼし虞を取る八月、甲午、晉侯上陽を圍み、卜偃に問ひて曰く、「吾其れ濟らんか」と。對へて曰く、「之に克たん」と。公曰く、「何れの時ぞ」と。對へて曰く、「童謠に云ふ、『丙の晨、龍尾辰に伏す。均服振振として、虢の旂を取る。鶉の賁賁たる、天策焞焞たり、火中して軍を成し、虢公其れ奔らん』と。其れ九月十月の交か。丙子の旦、日は尾に在り、月は策に在り、鶉火中す、必ず是の時なり」と。冬、十二月、丙子朔、晉虢を滅ぼし、虢公醜京師に奔る。師還りて、虞に館し、遂に虞を襲ひて、之を滅ぼす。虞公及び其の大夫井伯を執へ、以て秦穆姬に媵とし、而して虞の祀を脩め、且つ其の職貢を王に歸す。故に書して曰く、「晉人虞公を執ふ」と。虞を罪し、且つ易きを言ふなり。
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『智囊』億中・荀息晋の献公、荀息に謀りて曰く、「我、虞を攻めんと欲すれば、虢これを救い、虢を攻むれば、則ち虞これを救う。之を如何せん」と。荀息曰く、「虞公は貪りて宝を好む。請う、屈産の乗と垂棘の璧とを以て、道を虞に仮りて以て虢を伐たん」と。公曰く、「宮之奇存す、必ず諫めん」と。息曰く、「宮之奇の人と為りや、心に達して懦、又た君に少長す。心に達すれば則ち其の言略なり、懦なれば則ち強いて諫むる能わず、君に少長すれば、則ち君之を軽んず。且つ夫れ玩好は耳目の前に在りて、患いは一国の後に在り、唯だ中智以上のみ乃ち之を慮る。臣、虞公を料るに、中智以下なり」と。晋の使い虞に至り、宮之奇果たして諫めて曰く、「語に云う、『唇亡ぶれば則ち歯寒し』と。虞・虢の相い蔽うは、相い賜を為すに非ず。晋、今日虢を取れば、則ち明日虞従いて亡びん」と。虞公聴かず、卒に晋に道を仮す。行きて既に虢を滅ぼし、戈を返して虞に向かえば、虞公は璧を抱き馬を牽きて至る。
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