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長短経 / 運命

顔冉之凶、性命之本也。〔議曰、秦伯問於士鞅曰、「晉大夫其誰先亡?」對曰、「其欒氏乎?」秦伯曰、「以其汰乎?」對曰、「然欒黶汰虐已甚、猶可以免。其在盈乎!」秦伯曰、「何故?」對曰、「武子之徳在人、如周人之思召公焉!愛其甘棠、况其子乎?欒黶死、盈之善未能及人、武子所施没矣、而黶之怨實彰、将於是乎?」在後九年、晉滅欒氏。由是黶雖汰虐、以其父武子之徳、身受其福、盈雖賢智、以其黶父之汰虐、遂遇於禍。然則祸之與福、不在我之賢虐矣。

新字:顔冉之凶、性命之本也。〔議曰、秦伯問於士鞅曰、「晋大夫其誰先亡?」対曰、「其欒氏乎?」秦伯曰、「以其汰乎?」対曰、「然欒黶汰虐已甚、猶可以免。其在盈乎!」秦伯曰、「何故?」対曰、「武子之徳在人、如周人之思召公焉!愛其甘棠、況其子乎?欒黶死、盈之善未能及人、武子所施没矣、而黶之怨実彰、将於是乎?」在後九年、晋滅欒氏。由是黶雖汰虐、以其父武子之徳、身受其福、盈雖賢智、以其黶父之汰虐、遂遇於禍。然則祸之与福、不在我之賢虐矣。

書き下し

顔・冉の凶は、性命の本なり。〔議に曰く、秦伯、士鞅に問いて曰く「晋の大夫、其れ誰か先に亡びん」と。対えて曰く「其れ欒氏か」と。秦伯曰く「其の汰れるを以てか」と。対えて曰く「然り。欒黶は汰虐已に甚だしきも、猶お以て免るべし。其れ盈に在らんか」と。秦伯曰く「何の故ぞ」と。対えて曰く「武子の徳は人に在り、周人の召公を思うが如し。其の甘棠を愛す、況んや其の子をや。欒黶死して、盈の善未だ人に及ぶこと能わず、武子の施す所没し、而して黶の怨み実に彰る。将に是に於てせんとするか」と。後九年に在りて、晋、欒氏を滅ぼす。是に由りて黶は汰虐なりと雖も、其の父武子の徳を以て、身其の福を受く。盈は賢智なりと雖も、其の黶父の汰虐を以て、遂に禍に遇う。然らば則ち禍と福とは、我の賢虐に在らず。

現代語訳

顔回や冉伯牛の不幸は、性命の根本によるものである。〔論じて言う。秦伯が士鞅に問うた。「晋の大夫で、誰が先に滅びるだろうか」。士鞅は「欒氏でしょう」と答えた。秦伯が「驕っているからか」と言うと、士鞅は答えた。「そうです。欒黶は驕りと乱暴がひどいが、それでも免れるでしょう。滅びるのは子の欒盈の代でしょう」。秦伯が「なぜか」と問うと、士鞅は言った。「欒黶の父の武子の徳は人々の心に残っていて、周の人が召公を慕ったようなものです。召公が休んだ甘棠の木さえ愛したのですから、その子ならなおさらです。欒黶が死ねば、欒盈の善はまだ人々に届いておらず、武子の恩恵は消え、欒黶への恨みがはっきり現れる。そこで滅びるのでしょう」。九年後、晋は欒氏を滅ぼした。これで見ると、欒黶は驕って乱暴だったのに、父の武子の徳によって自分は福を受けた。欒盈は賢く知恵があったのに、父の欒黶の驕りと乱暴のために禍に遭った。そうであれば、禍と福は自分の賢さや乱暴さにかかっているのではない。

解説

欒氏の話は、報いが世代をまたぐことを示しています。乱暴な欒黶は、父の武子が積んだ徳のおかげで無事だった。賢い欒盈は、父の欒黶が買った恨みを引き受けて滅ぼされた。自分の行いの結果が自分に来るとは限らず、親の徳や恨みが子に来ることがある。だから善行が報われない顔回の不幸も、その人一代の行いだけで説明できない。自分の行いは、自分だけでなく後に続く人の運命も形づくっているのです。

この章句が説くこと

運命士鞅欒氏世代因果遺産

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