説苑 / 辨物
虢公夢在廟,有神--人面白毛,虎爪執鉞,立在西阿。公懼而走,神曰:「無走!帝今日使晉襲于爾門。」公拜頓首。覺,召史嚚占之。嚚曰:「如君之言,則蓐收也,天之罰神也。天事官成。」公使囚之,且使國人賀夢。舟之僑告其諸侯曰:「虢不久矣,吾乃今知之。君不度,而嘉大國之襲於己也,何瘳?吾聞之曰:大國無道,小國襲焉,曰服;小國傲,大國襲焉,曰誅。民疾君之侈也,是以由於逆命。今嘉其夢,侈必展,是天奪之鑑而益其疾也!民疾其態,天又誑之;大國來誅,出令而逆。宗國既卑,諸侯遠己,外內無親,其誰云救之?吾不忍俟,將行。」以其族適晉,三年虢乃亡。
新字:虢公夢在廟,有神--人面白毛,虎爪執鉞,立在西阿。公懼而走,神曰:「無走!帝今日使晉襲于爾門。」公拝頓首。覚,召史嚚占之。嚚曰:「如君之言,則蓐収也,天之罰神也。天事官成。」公使囚之,且使国人賀夢。舟之僑告其諸侯曰:「虢不久矣,吾乃今知之。君不度,而嘉大国之襲於己也,何瘳?吾聞之曰:大国無道,小国襲焉,曰服;小国傲,大国襲焉,曰誅。民疾君之侈也,是以由於逆命。今嘉其夢,侈必展,是天奪之鑑而益其疾也!民疾其態,天又誑之;大国来誅,出令而逆。宗国既卑,諸侯遠己,外内無親,其誰云救之?吾不忍俟,将行。」以其族適晉,三年虢乃亡。
書き下し
虢公廟に在るを夢む。神有り――人面白毛、虎爪にして鉞(まさかり)を執り、立ちて西阿(せいあ)に在り。公懼れて走る。神曰わく、「走る無かれ。帝今日晋をして爾が門を襲わしむ。」公拝して頓首す。覚めて史嚚(しぎん)を召して之を占わしむ。嚚曰わく、「君の言の如くんば、則ち蓐収(じょくしゅう)なり、天の罰神なり。天の事は官成る。」公人をして之を囚(こもら)しめ、且つ国人をして夢を賀せしむ。舟之僑(しゅうしきょう)其の諸侯に告げて曰わく、「虢久しからじ、吾乃ち今之を知る。君度らずして、大国の己を襲うを嘉す、何の瘳(い)えんや。吾之を聞く、大国道無くして、小国之を襲うを服と曰い、小国傲りて、大国之を襲うを誅と曰う、と。民は君の侈(おご)るを疾(にく)む、是を以て逆命に由る。今其の夢を嘉すれば、侈必ず展(の)び、是れ天の之が鑑を奪いて其の疾を益すなり。民其の態を疾みて、天又之を誑(たぶら)かす。大国来たりて誅す、令を出だして逆らう。宗国既に卑しく、諸侯己を遠ざく、外内親しむ無し、其れ誰か之を救わんと云わん。吾忍びて俟たず、将に行かんとす。」其の族を以て晋に適(ゆ)く。三年にして虢乃ち亡ぶ。
現代語訳
虢公が廟の中にいる夢を見た。そこに神がいた――人の顔で白い毛が生え、虎の爪を持ち、鉞を手にして、西の階段のあたりに立っていた。虢公は恐れて逃げようとした。神は言った。「逃げるな。天帝は今日、晋にお前の国を襲わせようとしている。」虢公は拝礼して頭を地につけた。目覚めると、史官の嚚を呼んでこれを占わせた。嚚は言った。「あなたの言葉の通りならば、それは蓐収という神で、天の罰を下す神です。天の下す事は必ず成就します。」虢公は人にその史官を閉じ込めさせ、その上で国中の人々にこの夢を祝賀させた。舟之僑は諸侯たちに告げて言った。「虢はもう長くない。私は今それを知った。君主は事の是非をわきまえず、大国が自分を襲うことを喜んでいる、それでどうして病が癒えるだろうか。私はこう聞いている。大国に道理がなくて小国がそれを襲うのは『服』といい、小国が驕り高ぶって大国がそれを襲うのは『誅』というと。民は君主の驕りを憎んでおり、それゆえ天命に背く行いをしている。今、その夢を喜んで祝うのであれば、驕りは必ず増し広がり、これは天がその手本を奪い、その病をますます悪化させるようなものだ。民はその態度を憎み、天もまたその虢公を惑わしている。大国がやって来て誅伐し、法令を出しても逆らわれるだろう。宗家である虢の国はすでに衰え、諸侯も自分たちを遠ざけている、内にも外にも親しむ者はいない、いったい誰がこれを救おうというのか。私はこれ以上待っていられない、去るつもりだ。」そうして彼は一族を連れて晋へと移った。三年後、虢はついに滅んだ。
解説
この章句が説くこと
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説苑・辨物周の恵王十五年、神有りて莘(しん)に降る。王内史過に問いて曰わく、「是れ何の故ぞ之有るや。」対えて曰わく、「之有るは国将に興らんとするなり。其の君は斉明にして衷正、精潔にして恵和、其の徳は以て其の馨香を昭らかにするに足り、其の恵は以て其の民人を同じくするに足る。神饗けて民聴き、民神怨む無し。故に明神降りて、其の政徳を観て均しく福を布く。国将に亡びんとするや、其の君は貪冒淫僻、邪佚荒怠、蕪穢暴虐。其の政は腥臊(せいそう)にして、馨香登らず。其の刑は矯誣にして、百姓貳(たがい)を攜(たずさ)う。明神蠲(きよ)まらずして、民に遠意有り、民神痛怨し、依懐する所無し。故に神も亦た往きて、其の苛慝を観て之に禍を降す。是を以て或いは神を見て興り、亦た以て亡ぶる有り。昔夏の興るや、祝融崇山に降る。其の亡ぶるや、回禄亭隧に信(やど)る。商の興るや、檮杌丕山に次る。其の亡ぶるや、夷羊牧に在り。周の興るや、鸑鷟(がくさく)岐山に鳴く。其の衰うるや、杜伯宣王を鎬に射る。是れ皆明神の紀する者なり。」王曰わく、「今は是れ何の神ぞや。」対えて曰わく、「昔昭王房に娶りて房后と曰う。是れ爽徳有りて丹朱に協い、丹朱身に憑りて之に儀す、穆王を生めり。是れ周の子孫を監燭して之を福禍す。夫れ一神は遠く徙遷せず、若し是に由りて之を観れば、其れ丹朱か。」王曰わく、「其れ誰か之を受けん。」対えて曰わく、「虢に在り。」王曰わく、「然らば則ち何為せん。」対えて曰わく、「臣之を聞く。道ありて神を得る、是を豊福と謂う。淫にして神を得る、是を貪福と謂う。今虢少しく荒む、其れ亡びんとするなり。」王曰わく、「吾其れ奈何にせん。」対えて曰わく、「太宰をして祝史を以て狸姓を率い、犠牲・粢盛・玉帛を奉じて往きて献ぜしめよ、祈る有る無かれ。」王曰わく、「虢は其れ幾何ぞ。」対えて曰わく、「昔堯民に臨むに五を以てす、今其の胄見わる。鬼神の見わるるや、其の物を失わず。若し是に由りて之を観れば、五年を過ぎず。」王太宰己父をして傅氏及び祝を率い、犠牲・玉觴を奉じて往きて献ぜしむ。内史過従いて虢に至る。虢公も亦た祝史をして土を請わしむ。内史過帰りて王に告げて曰わく、「虢必ず亡びん。神に禋(いん)せずして福を求む、神必ず之に禍いす。民に親しまずして用を求む、民必ず之に違わん。精意以て享(まつ)るは禋なり。慈しみ庶民を保んずるは親なり。今虢公百姓を動匱(どうき)して以て盈たさんとす、其れ民を違離し神を怒らしめ、而して利を求む、亦た難しからざらんや。」十九年、晋虢を取る。
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『新序』雜事第四晉の文公虢に田し、一老夫に遇いて問いて曰く、虢の虢爲ること久し。子此に處ること故し。虢の亡ぶるは其れ説有るか、と。對えて曰く、虢君斷ずるは則ち能わず、諫むるは則ち與にする無きなり。斷ずる能わず、又た人を用うる能わず。此れ虢の亡ぶる所以なり、と。文公以て田を輟めて歸る。趙衰に遇いて之に告ぐ。趙衰曰く、今其の人安くに在りや、と。君曰く、吾之と來たらざるなり、と。趙衰曰く、古の君子は、其の言を聽きて其の人を用う。今の君子は、其の言を聽きて其の身を棄つ。哀しいかな、晉國の憂いなり、と。文公乃ち召して之を賞す。是に於いて晉國善言を納るるを樂しみ、文公卒に以て霸たり。
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『新序』雜事第二晉の文公出でて獵す。前驅曰く、前に大蛇有り。高きこと隄の如く、道を阻みて之を竟る、と。文公曰く、寡人之を聞く、諸侯夢惡しければ則ち德を修め、大夫夢惡しければ則ち官を修め、士夢惡しければ則ち身を修む。是くの如くならば禍い至らず、と。今寡人過ち有り。天以て寡人を戒むるなり、と。車を還して反る。前驅曰く、臣之を聞く、喜ぶ者に賞無く、怒る者に刑無し、と。今禍福已に前に在り。變ず可からず。何ぞ遂に之を驅らざる、と。文公曰く、然らず。夫れ神は道に勝たず、而して妖も亦た德に勝たず。禍福未だ發せざれば、猶お化す可きなり、と。車を還して反り、宿齋すること三日、廟に請いて曰く、孤犧を少なくして肥えず、幣厚からず。罪の一なり。孤弋獵を好み、度數無し。罪の二なり。孤賦斂を多くし、刑罰を重くす。罪の三なり。請う、今より以來、關市に征無く、澤梁に賦斂無く、罪人を赦し、舊田は半ば税し、新田は税せざらん、と。此の令を行いて未だ半旬ならず、蛇を守る吏夢む、天帝蛇を殺して曰く、何の故に聖君の道に當たりて爲すや、罪死に當たる、と。夢より發めて蛇を視るに臭腐せり。之を謁す。文公曰く、然り。夫れ神は果たして道に勝たず、而して妖も亦た德に勝たず。柰何ぞ其れ理を究むる無くして天に任せんや。之に應ずるに德を以てするのみ、と。
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説苑・敬慎孔子曰わく、「存亡禍福は、皆己に在るのみ。天災地妖も、亦た殺す能わざるなり」と。昔者殷王帝辛の時、爵城の隅に烏を生む。工人之を占いて曰わく、「凡そ小以て巨を生ず、国家必ず祉あり、王名必ず倍せん」と。帝辛爵の徳を喜びて、国家を治めず、亢暴極まり無し。外寇乃ち至り、遂に殷国を亡ぼす。此れ天の時に逆らい、詭福反りて禍と為るに至るなり。殷王武丁の時、先王の道欠け、刑法弛み、桑穀俱に朝に生じ、七月にして大いに拱す。工人之を占いて曰わく、「桑穀は、野物なり。野物朝に生ずるは、意うに朝亡びんか」と。武丁恐れ駭き、身を側めて行を修め、先王の政を思い、滅国を興し絶世を継ぎ、逸民を挙げ、養老の道を明らかにす。三年の後、遠方の君、重訳して朝する者六国、此れ天の時を迎えて禍反りて福と為るなり。故に妖孽は、天の天子諸侯を警む所以なり。悪夢は、士大夫を警む所以なり。故に妖孽は善政に勝たず、悪夢は善行に勝たず。至治の極みは、禍反りて福と為る。故に太甲に曰わく、「天の作せる孽は、猶お違うべし、自ら作せる孽は、逭るべからず」と。
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戦国策・秦使趙攻魏秦趙をして魏を攻めしむ、魏趙王に謂いて曰く、「魏を攻むる者は、趙を亡ぼすの始めなり。昔者(むかし)、晋人虞を亡ぼさんと欲して虢(かく)を伐つ、虢を伐つ者は、虞を亡ぼすの始めなり。故に荀息馬と璧とを以て道を虞に仮(か)り、宮之奇諫めて聴かれず、卒(つい)に晋の道を仮る。晋人虢を伐ち、反りて虞を取る。故に春秋之を書し、以て虞公を罪す。今国趙より強きは莫く、而して齊・秦を并(あわ)せ、王賢にして声有る者之に相たり、腹心の疾(やまい)為る所以の者は、趙なり。魏は、趙の虢なり。趙は、魏の虞なり。秦に聴きて魏を攻むる者は、虞の為なり。願わくは王の之を熟計せんことを」と。
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呂氏春秋・先識④晉の太史屠黍、晉の亂を見、晉公の驕りて德義無きを見るや、其の圖法を以て周に歸す。周の威公見て焉に問いて曰く、「天下の國孰れか先づ亡びん。」對えて曰く、「晉先づ亡びん。」威公其の故を問う。對えて曰く、「臣比晉に在るや、敢て直言せず。晉公に示すに天妖、日月星辰の行、多く以て當ならざるを以てす。曰く、『是れ何ぞ能く為さん。』又示すに、人事に不義多くして、百姓皆鬱怨するを以てす。曰く、『是れ何ぞ能く傷つけん。』又示すに鄰國服せずして、賢良舉げられざるを以てす。曰く、『是れ何ぞ能く害せん。』是きの如くなれば、是れ亡ぶる所以を知らざるなり。故に臣、晉先づ亡びん、と曰うなり。」居ること三年にして、晉果して亡ぶ。威公又屠黍を見て焉に問いて曰く、「孰れか之に次かん。」對えて曰く、「中山之に次がん。」威公、其の故を問う。對えて曰く、「天民を生じて別に有らしむ。別有るは、人の義なり。禽獸麋鹿に異なる所にして、君臣上下の立つ所以なり。中山の俗は、晝を以て夜と為し、夜を以て日に繼ぎ、男女切倚して、固より休息無く、康樂して、歌謠は悲を好む。其の主惡むを知らず。此れ亡國の風なり。臣故に、中山之に次がん、と曰う。」居ること二年にして、中山果して亡ぶ。威公又屠黍を見て焉に問いて曰く、「孰れか之に次かん。」屠黍對えず。威公固く焉に問う。對えて曰く、「君之に次がん。」威公乃ち懼れ、國の長者を求め、義蒔・田邑を得て之を禮し、史驎・趙駢を得て以て諫臣と為し、苛令三十九物を去り、以て屠黍に告ぐ。對えて曰く、「其れ尚わくは君の身を終えんか。」曰く、「臣之を聞く、國の興るや、天、之に賢人と極言の士とを遺り、國の亡ぶるや、天、之に亂人と善諛の士とを遺る、と。」威公薨じ、肂して、九月葬るを得ず。周乃ち分かれて二と為る。故に有道者の言は、重んぜざる可からざるなり。