智囊 / 億中・王應
藺相如為宦者繆賢舍人,賢嘗有罪,竊計欲亡走燕。相如問曰:「君何以知燕王?」賢曰:「嘗從王與燕王會境上,燕王私握吾手曰:『願結交。』以故欲往。」相如止之曰:「夫趙強燕弱而君幸於趙王,故燕王欲結君;今君乃亡趙走燕,燕畏趙,其勢必不敢留君,而束君歸趙矣。君不如肉袒負斧鑕請罪,則幸脫矣!」賢從其計。參觀二事,足盡人情之隱。
新字:藺相如為宦者繆賢舎人,賢嘗有罪,窃計欲亡走燕。相如問曰:「君何以知燕王?」賢曰:「嘗従王与燕王会境上,燕王私握吾手曰:『願結交。』以故欲往。」相如止之曰:「夫趙強燕弱而君幸於趙王,故燕王欲結君;今君乃亡趙走燕,燕畏趙,其勢必不敢留君,而束君帰趙矣。君不如肉袒負斧鑕請罪,則幸脱矣!」賢従其計。参観二事,足尽人情之隠。
書き下し
藺相如は宦者令繆賢の舎人たり。賢、嘗て罪有り、窃かに計りて燕に亡げ走らんと欲す。相如問いて曰く、「君は何を以て燕王を知るか。」賢曰く、「嘗て王に従いて燕王と境上に会す。燕王は私かに吾が手を握りて曰く、『願わくは交わりを結ばん』と。故を以て往かんと欲す。」相如之を止めて曰く、「夫れ趙は強く燕は弱し。而して君は趙王に幸せらる。故に燕王は君と結ばんと欲す。今、君乃ち趙を亡げて燕に走らば、燕は趙を畏れ、其の勢い必ず敢えて君を留めず、而して君を束ねて趙に帰さん。君は肉袒して斧鑕を負い罪を請うに如かず。則ち幸いに脱れん。」賢、其の計に従う。二事を参観すれば、人情の隠を尽くすに足る。
現代語訳
藺相如は宦官長の繆賢の家臣であった。繆賢はかつて罪を犯し、ひそかに燕に逃げようと考えた。藺相如はたずねた。「あなたはどうして燕王を知っているのですか。」繆賢は答えた。「以前、王に従って国境で燕王と会見しました。そのとき燕王がこっそり私の手を握って、『どうか交わりを結びたい』と言ったのです。それで燕に行こうと思っています。」藺相如は止めて言った。「そもそも趙は強く、燕は弱い。あなたは趙王に寵愛されている。だから燕王はあなたと結びたがったのです。いまあなたが趙から逃げて燕に行けば、燕は趙を恐れ、その事情からあなたをきっと留めず、縛って趙に送り返すでしょう。あなたは肩を脱いで、斧と台を背負い、罪を請うほうがよい。そうすれば幸いに逃れられるかもしれません。」繆賢はその計に従った。この二つの事を並べて見れば、人情の隠れた面を言い尽くすのに十分である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『智囊』辯才・廝養卒趙王武臣、韓広を遣わして燕に至らしむ。燕人因りて広を立てて燕王と為す。趙王、張耳・陳余と北のかた地を略して燕の界に至る。趙王、間に出で、燕軍の得る所と為る。燕将之を囚え、与に趙の地を半ばに分かたんと欲し、乃ち王を帰さんとす。使者十輩、往けば輒ち殺さる。張耳・陳余、之を患う。廝養卒有り、其の舎中に謝して曰く、「吾、公の為に燕に説き、王と載せて帰らん」。舎中皆笑う。養卒、燕の壁に走り、燕将に問いて曰く、「臣の何をか欲するを知るか」。燕将曰く、「若は趙王を得んと欲するのみ」。曰く、「君、張耳・陳余の何如なる人なるかを知るか」。燕将曰く、「賢人なり」。曰く、「其の志の何をか欲するを知るか」。曰く、「王を得んと欲す」。養卒笑いて曰く、「君未だ此の両人の欲する所を知らざるなり。夫れ武臣・張耳・陳余、馬を杖きて趙の数十城を棰下にし、此れも亦た各おの南面して王たらんと欲す。豈に卿相と為りて終わらんと欲せんや。夫れ臣と主と、豈に同日にして道う可けんや。顧うに其の勢い初めて定まり、未だ敢えて参分して王たらず。且つ少長を以て、先ず武臣を王として、以て趙の心を持す。今趙の地已に服す。此の両人も亦た趙を分かちて王たらんと欲す。時未だ可ならざるのみ。今乃ち趙王を囚う。此の両人、名は趙王を求むと為すも、実は燕の殺すを欲す。此の両人趙を分かちて自立せば、夫れ一趙を以てすら尚お燕に易し。況んや両賢王を以て左に提げ右に挈え、殺王の罪を責むれば、燕を滅ぼすこと必せり」。燕将以て然りと為し、乃ち趙王を帰す。養卒、御と為りて帰る。
-
『智囊』見大・藺相如・寇恂趙王、澠池より帰り、藺相如の功大なるを以て、拝して上卿と為し、位は廉頗の右に在り。廉頗は自ら戦功を侈り、而るに相如は徒だ口舌の労を以て位その上に居るを、以て羞とし、宣言して曰く、「我、相如を見れば、必ずこれを辱めん」と。相如聞きて、与に会するを肯んぜず。朝する毎に、常に病と称し、頗と列を争うを欲せず。已にして相如出でて、廉頗を望み見れば、輒ち車を引きて避け匿る。是に於て舎人ら相い与に相如を諫め、辞し去らんと欲す。相如固くこれを止めて曰く、「公の廉頗を視ること、秦王に孰与れぞ」と。曰く、「若かざるなり」と。相如曰く、「夫れ秦王の威を以てして、相如はこれを廷叱し、その群臣を辱む。相如、駑なりと雖も、独り廉将軍を畏れんや。顧うに吾これを念う、強秦の敢えて兵を趙に加えざる所以の者は、徒だ吾が両人の在るを以てなり。今、両虎共に闘えば、勢い俱には生きず。吾が此れを為す所以の者は、国家の急を先にして私仇を後にすればなり」と。頗これを聞き、肉袒して荊を負い、賓客に因りて相如の門に至りて謝罪し、遂に刎頸の交わりを為す。
-
戦国策・秦并趙北向迎燕秦趙を并せ、北のかた燕に向かいて迎う。燕王之を聞き、人をして秦王を賀せしむ。使者趙を過ぐるに、趙王之を繋ぐ。使者曰く、「秦・趙一と為れば、天下服せん。茲の趙に命を受くる所以の者は、秦の為なり。今臣秦に使いするに、趙之を繋げば、是れ秦・趙郄有るなり。秦・趙郄有らば、天下必ず服せずして、燕命を受けざらん。且つ臣の秦に使いするは、趙の燕を伐つに妨げ無し」と。趙王以て然りと為して之を遣る。使者秦王に見えて曰く、「燕王窃かに秦の趙を并すを聞き、燕王使者をして千金を賀せしむ」と。秦王曰く、「夫れ燕無道なれば、吾趙をして之を有たしめん、子何ぞ賀するや」と。使者曰く、「臣聞く、趙の全かりし時、南は隣として秦と為り、北は曲陽を下して燕と為り、趙広さ三百里にして、秦と相距つこと五十余年なり、秦に反勝する能わざりし所以の者は、国小さくして地取る所無ければなり。今王趙をして北のかた燕を并せしめば、燕・趙力を同じくし、必ず復た秦に受けざらん。臣切に王が為に之を患う」と。秦王以て然りと為し、兵を起こして燕を救えり。
-
史記 廉頗藺相如列伝廉頗は、趙の良将なり。趙の恵文王の十六年、廉頗趙の将と為りて斉を伐ち、大いにこれを破り、陽晋を取り、拝して上卿と為る、勇気を以て諸侯に聞こゆ。藺相如は、趙人なり、趙の宦者令繆賢の舎人為り。趙の恵文王の時、楚の和氏の璧を得たり。秦の昭王これを聞き、人をして趙王に書を遺らしめ、原(ねが)はくは十五城を以て璧に易へんことを請ふ。趙王、大将軍廉頗・諸大臣と謀る。秦に予へんと欲すれば、秦の城恐らくは得べからず、徒らに欺かれん。予ふること勿からんと欲すれば、即ち秦の兵の来たらんことを患ふ。計未だ定まらず、人の秦に報ぜしむべき者を求むるも、未だ得ず。宦者令繆賢曰く、「臣の舎人藺相如使はすべし」と。王問ふ、「何を以てこれを知る」と。対へて曰く、「臣嘗て罪有り、竊かに計りて亡げて燕に走らんと欲す。臣の舎人相如臣を止めて曰く、『君何を以て燕王を知る』と。臣語りて曰く、『臣嘗て大王に従ひて燕王と境上に会す、燕王私かに臣の手を握りて曰く「願はくは友を結ばん」と。此を以てこれを知る、故に往かんと欲す』と。相如臣に謂ひて曰く、『夫れ趙は彊くして燕は弱し、而して君は趙王に幸せらる、故に燕王君に結ばんと欲す。今、君乃ち趙を亡げて燕に走らば、燕は趙を畏れ、その勢ひ必ず敢へて君を留めずして、君を束ねて趙に帰さん。君は肉袒して斧質に伏して罪を請ふに如かず、則ち幸ひに脱るるを得ん』と。臣その計に従ふ、大王もまた幸ひに臣を赦せり。臣竊かに以為へらく、その人は勇士にして、智謀有り、宜しく使はすべし」と。是に於いて王召見し、藺相如に問ひて曰く、「秦王、十五城を以て寡人の璧に易へんことを請ふ、予ふべきや不や」と。相如曰く、「秦は彊くして趙は弱し、許さざるべからず」と。王曰く、「吾が璧を取りて、我に城を予へずんば、奈何」と。相如曰く、「秦、城を以て璧を求めて趙許さずんば、曲は趙に在り。趙、璧を予へて秦趙に城を予へずんば、曲は秦に在り。これが二策を均しくするに、甯ろ許して以て秦に曲を負はしめん」と。王曰く、「誰か使はすべき者ぞ」と。相如曰く、「王必ず人無くんば、臣願はくは璧を奉じて往きて使ひせん。
-
『正法眼蔵随聞記』巻四むかし趙の藺相如と云ひし者は、下賤の人なりしかども、賢なるにまりて、趙王にめしつかはれて、天下の事を行ひき、趙王の使として、趙璧と云玉を秦の国へつかはさしめたまふ、彼の壁を十五城にかへんと秦王の云し故に、相如にもたせてつかはすに、余の臣下議して云く、是れほどの宝を相如ごときの賤人に持たせてつかはすこと、国の人なきに似たり、余臣のはぢなり、後代のそしりなるべし、途にて此の相如を殺して、壁を奪ひ取らんと議しけるを、ときの人ひそかに相如にかたりて、此のたびの使を辞して命を保つへしと云ひければ、相如云く、某がし敢て辞すべからず、相如王の使として、壁を持て秦にむかふに、侯臣の為めに殺されたると後代に聞えんは、我ためによろこびなり、我が身は死すとも賢の名は残るべしと云て、終にむかひぬ、余臣も此の言ばを聴て、我れら此の人をうちうることあるへからずとてとゝまりぬ、
-
『新序』善謀第十乃ち洗沐して往きて張耳・陳餘に見え、行を遣られて燕王に見ゆ。燕王之に問う。對えて曰く、賤人希に長者を見る。願わくは一巵の酒を請わん、と。已に飲む。又た之に問う。復た曰く、賤人希に長者を見る。願わくは復た一巵の酒を請わん、と。之に酒を與う。卒曰く、王臣の何をか欲するかを知るか、と。燕王曰く、而の王を得んと欲するのみ、と。卒曰く、君張耳・陳餘の何人なるかを知るか、と。燕王曰く、賢人なり、と。曰く、君其の意何をか欲するかを知るか、と。曰く、其の王を得んと欲するのみ、と。趙の卒笑いて曰く、君未だ兩人の欲する所を知らざるなり。夫れ武臣・張耳・陳餘馬策を杖き、趙の數十城を下す。此れ亦た各ミ南面して王たらんと欲す。豈に卿相を爲さんや。夫れ臣と主と、豈に日を同じくして道う可けんや。顧ミ其の勢い始めて定まり、未だ敢えて三分して王たらず。且つ長少を以て先ず武臣を立てて王と爲し、以て趙の心を持す。今趙地已に服す。此の兩人も亦た趙を分かちて王たらんと欲す。時未だ可ならざるのみ。今君趙王を囚う。此の兩人名は趙王を求むと爲すも、實は燕の之を殺さんことを欲す。此の兩人趙を分かちて自立せん。夫れ一趙を以てすら尚お燕を易んず。况んや兩賢王左に提げ右に挈え、直義を執りて以て不直の弱きを責むるをや。燕滅ぶること日無からん、と。燕王以て然りと爲し、乃ち趙王を遣る。養卒御と爲りて歸る。遂に國に反るを得、復た立ちて王と爲る。趙の卒の謀なり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る