智囊 / 迎刃・李泌
唐因河隴沒於吐蕃,自天寶以來,安西、北庭奏事,及西域使人在長安者,歸路既絕,人馬皆仰給鴻臚。禮賓委府縣供之,度支不時付直,長安市肆,不勝其弊。李泌知胡客留長安久者或四十餘年,皆有妻子,買田宅,舉質取利甚厚。乃命檢括胡客有田宅者,得四千人,皆停其給,胡客皆詣政府告訴,泌曰:「此皆從來宰相之過,豈有外國朝貢使者留京師數十年不聽歸乎?今當假道於回紇,或自海道,各遣歸國,有不願者,當令鴻臚自陳,授以職位,給俸祿為唐臣。人生當及時展用,於是胡客無一人願歸者。泌皆分領神策兩軍,王子使者為散兵馬使或押衙,餘皆為卒,禁旅益壯,鴻臚所給胡客才十餘人,歲省度支錢五十萬。
新字:唐因河隴没於吐蕃,自天宝以来,安西、北庭奏事,及西域使人在長安者,帰路既絶,人馬皆仰給鴻臚。礼賓委府県供之,度支不時付直,長安市肆,不勝其弊。李泌知胡客留長安久者或四十余年,皆有妻子,買田宅,舉質取利甚厚。乃命検括胡客有田宅者,得四千人,皆停其給,胡客皆詣政府告訴,泌曰:「此皆従来宰相之過,豈有外国朝貢使者留京師数十年不聴帰乎?今当仮道於回紇,或自海道,各遣帰国,有不願者,当令鴻臚自陳,授以職位,給俸禄為唐臣。人生当及時展用,於是胡客無一人願帰者。泌皆分領神策両軍,王子使者為散兵馬使或押衙,余皆為卒,禁旅益壮,鴻臚所給胡客才十余人,歳省度支銭五十万。
書き下し
唐は河隴が吐蕃に没して以来、天宝より以降、安西・北庭の奏事、および西域の使人で長安に在る者は、帰る路が既に絶え、人馬は皆鴻臚に仰給していた。礼賓は府県に委ねてこれを供させ、度支は時に直を付けず、長安の市肆はその弊に堪えなかった。李泌は、胡客で長安に留まること久しい者は或いは四十余年に及び、皆妻子が有り、田宅を買い、質を挙げて利を取ること甚だ厚いことを知った。そこで命じて田宅の有る胡客を検括させると、四千人を得た。皆その給を停めると、胡客は皆政府に詣でて告訴した。泌は曰く、「これは皆従来の宰相の過ちである。どうして外国の朝貢の使者が京師に留まること数十年、帰ることを聴さないということがあろうか。今は回紇に道を仮り、あるいは海道によって、各々帰国させよう。願わない者は、鴻臚に自ら陳べさせ、職位を授け、俸禄を給して唐の臣としよう。人生は時に及んで展用すべきである」と。ここにおいて胡客は一人も帰ることを願わなかった。泌は皆を神策の両軍に分領させ、王子や使者は散兵馬使・押衙とし、余は皆卒とした。禁旅は益々壮んになり、鴻臚が給する胡客はわずか十余人となり、歳に度支の銭五十万を省いた。
現代語訳
唐は河西・隴右の地が吐蕃に奪われて以来、天宝年間から、安西や北庭の奏上の使者や、長安にいる西域の使者は帰り道が絶たれ、人も馬もみな鴻臚寺の給与に頼っていた。接待は府県に任され、度支は代金をきちんと払わず、長安の商人たちはその弊害に苦しんだ。李泌は、長安に長く留まる胡人の客には四十年余りに及ぶ者もおり、皆に妻子がいて、田宅を買い、金貸しをして大きな利益を得ていることを知った。そこで田宅を持つ胡客を調べさせたところ四千人いた。彼らへの支給を全部止めると、胡客たちは皆政府に出向いて訴えた。李泌は言った。「これは歴代の宰相の過ちだ。外国から朝貢に来た使者を、都に数十年も留めて帰さないということがあってよいものか。今は回紇に道を借り、あるいは海路で、それぞれ帰国させよう。帰りたくない者は鴻臚寺に自分で申し出よ。官職を授け、俸禄を与えて唐の臣下としよう。人の一生は、盛んなうちに力を発揮すべきものだ」。すると胡客は一人も帰国を望まなかった。李泌は彼らを神策軍の左右両軍に分けて配属し、王子や使者は散兵馬使や押衙とし、その他は兵卒とした。近衛軍はいっそう強くなり、鴻臚寺が支給する胡客はわずか十人余りとなって、毎年度支の銭五十万を節約できた。
解説
この章句が説くこと
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