智囊 / 迎刃・子產
鄭良霄既誅,國人相驚,或夢伯有介而行,曰:「壬子餘將殺帶,明年壬寅餘又將殺段!」駟帶及公孫段果如期卒,國人益大懼。子產立公孫泄及良止以撫之,乃止。子太叔問其故,子產曰:「鬼有所歸,乃不為厲。吾為之歸也。」太叔曰:「公孫何為?」子產曰:「說也。」〔馮述評〕不但通於人鬼之故,尤妙在立泄一著。鬼道而人行之,真能務民義而不惑於鬼神者矣!
新字:鄭良霄既誅,国人相驚,或夢伯有介而行,曰:「壬子余将殺帯,明年壬寅余又将殺段!」駟帯及公孫段果如期卒,国人益大懼。子産立公孫泄及良止以撫之,乃止。子太叔問其故,子産曰:「鬼有所帰,乃不為厲。吾為之帰也。」太叔曰:「公孫何為?」子産曰:「説也。」〔馮述評〕不但通於人鬼之故,尤妙在立泄一著。鬼道而人行之,真能務民義而不惑於鬼神者矣!
書き下し
鄭の良霄既に誅せらるるや、国人相驚き、或いは夢に伯有の介して行き、曰く、「壬子に余は将に帯を殺さんとし、明年壬寅に余又た将に段を殺さんとす」と。駟帯及び公孫段は果たして期の如く卒し、国人益ます大いに懼る。子産は公孫泄及び良止を立てて以て之を撫し、乃ち止む。子太叔其の故を問う。子産曰く、「鬼は帰する所有れば、乃ち厲を為さず。吾は之が帰と為るなり」と。太叔曰く、「公孫は何為れぞ」と。子産曰く、「説なり」と。〔馮述評〕但だ人鬼の故に通ずるのみならず、尤も妙なるは泄を立つるの一著に在り。鬼道にして人之を行う、真に能く民義を務めて鬼神に惑わざる者なり。
現代語訳
鄭の良霄(伯有)が殺されると、国の人々は怯え、ある人は夢に伯有が甲冑をつけて歩き、こう言うのを見た。「壬子の年に私は帯を殺す、来年の壬寅の年に私はまた段を殺す」と。駟帯と公孫段は果たして予言どおりの時期に死に、国の人々はいっそう深く恐れた。子産は公孫泄と良止を取り立てて後継ぎとし、人々を慰めたので、ようやく恐れは収まった。子太叔がその理由を尋ねた。子産は答えた。「鬼は帰る所があれば、祟りを為さない。私はその帰る所になってやったのだ」。太叔は言った。「公孫泄はどうしてですか」。子産は言った。「人々を納得させるためだ」。〔馮述評〕人と鬼との事情に通じているだけではない。とりわけ妙なのは、泄を取り立てた一手にある。鬼の問題を人の道で処理する、これこそ民の義を務めて鬼神に惑わされない者である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』昭公七年 伯有の亡霊鄭人伯有を以って相驚かす。曰く、「伯有至れり」と。則ち皆走り、往く所を知らず。刑書を鑄るの歲の二月、或ひと伯有の介して行くを夢む。曰く、「壬子、余將に帶を殺さんとす。明年壬寅、余又將に段を殺さんとす」と。壬子に及びて、駟帶卒す。國人益々懼る。齊・燕平ぐの月、壬寅、公孫段卒す。國人愈々懼る。其の明月、子產公孫洩及び良止を立てて以って之を撫す。乃ち止む。子大叔其の故を問ふ。子產曰く、「鬼は歸する所有れば、乃ち厲を為さず。吾之が為に歸せしむるなり」と。大叔曰く、「公孫洩は何為れぞ」と。子產曰く、「說ばしむるなり。身の義無きが為にして說ばしむるを圖る。政に從ふには之に反して以って媚を取る所有るなり。媚びざれば信ぜられず、信ぜられざれば、民從はざるなり」と。子產晉に適くに及び、趙景子焉に問ひて曰く、「伯有猶ほ能く鬼と為るか」と。子產曰く、「能くす。人生まれて始めて化するを魄と曰ふ。既に魄を生じ、陽なるを魂と曰ふ。物を用ゐること精多ければ、則ち魂魄強し。是を以って精爽有りて、神明に至る。匹夫匹婦も強死すれば、其の魂魄猶ほ能く人に馮依して、以って淫厲を為す。況んや良霄は、我が先君穆公の冑、子良の孫、子耳の子、敝邑の卿にして、政に從ふこと三世なり。鄭は腆きこと無しと雖も、抑々諺に曰ふ、『蕞爾たる國』と。而るに三世其の政柄を執る。其の物を用ゐるや弘し。其の精を取るや多し。其の族又大にして、馮る所厚し。而して強死す。能く鬼と為るは、亦た宜ならずや」と。
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『慎思録』巻之三問ふ、古今人鬼の祟りを為す者有るは、何ぞや。答へて曰く、蓋し人の気魄強壮なる者有りて、歘然として枉死すれば、其の気未だ遽かに消散し尽くす能はず。其の魂猶ほ能く鬼と為りて、淫厲を作す者、亦間々之有り。左伝昭公七年に載す、伯有厲を為し、駟帯を殺し、又公孫段を殺す。国人懼る。子産伯有の子公孫洩及び良止を立て、宗廟有らしむ。子大叔其の故を問ふ。子産曰く、鬼帰する所有れば、乃ち厲を為さず。吾之が為に帰するなり、と。又曰く、匹夫匹婦も強死すれば、其の魂魄猶ほ能く人に憑依して、以て淫厲を為す。能く鬼と為る、亦宜ならずや、と。且つ周の春秋に曰く、周の宣王杜伯を殺して辜無し。後二年、日中に杜伯道に起ち、宣王を射て死せしむ、と。篤信曰く、是れ火滅して煙残るの理なり。此の事無しと謂ふべからず。倭漢古今往往之有り。而して久しければ則ち滅熄する者は、其の厲気の残る所、漸く消滅して尽くるのみ。子産の鬼帰する所有れば乃ち厲を為さずの説、旨有るかな。
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『春秋左氏伝』昭公二年 子産、公孫黒を裁く秋、鄭の公孫黑將に亂を作さんとし、游氏を去りて其の位に代はらんと欲す。傷疾作りて果たさず。駟氏と諸大夫と之を殺さんと欲す。子產鄙に在り、之を聞き、及ばざるを懼れ、遽(でんしゃ)に乘りて至る。吏をして之を數(せ)めしめて曰く、「伯有の亂、大國の事を以って、未だ爾を討ぜざるなり。爾亂心有りて厭くこと無し。國女に堪へず。專ら伯有を伐つ、而(なんぢ)の罪一なり。昆弟室を爭ふ、而の罪二なり。薰隧の盟に、女君位を矯む、而の罪三なり。死罪三有り、何を以ってか之に堪へん。速やかに死せずんば、大刑將に至らんとす」と。再拜稽首して辭して曰く、「死は朝夕に在り、天を助けて虐を為すこと無かれ」と。子產曰く、「人誰か死せざらん。凶人の終へざるは、命なり。凶事を作し、凶人と為る。天を助けずして、其れ凶人を助けんや」と。「請ふ印を以って褚師と為さん」と。子產曰く、「印や若し才あらば、君將に之に任ぜん。不才ならば、將に朝夕に女に從はんとす。女罪を之れ恤へずして、又何をか請はん。速やかに死せずんば、司寇將に至らんとす」と。
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説苑・辨物鄭の簡公公孫成子をして来たりて晋に聘せしむ。平公疾有り。韓宣子賛して館客を受く。客君の疾を問う。対えて曰わく、「君の疾久し。上下の神祇、諭(と)かざる無く遍し。而れども除くこと無し。今黄熊の寝門に入るを夢む。人鬼か、亦た厲鬼か知らず。」子産曰わく、「君子明にして、子政を為す、其れ何の厲か之れ有らん。僑之を聞く、昔鯀帝命に違い、之を羽山に殛(ころ)す。化して黄熊と為り、以て羽淵に入る。是れ夏郊たり、三代之を挙ぐ。夫れ鬼神の及ぶ所、其の族類に非ざれば、則ち其の同位を紹(つ)ぐ。是の故に天子は上帝を祠り、公侯は百神を祠り、卿自り以下は其の族を過ぎず。今周室少しく卑しく、晋実に之を継ぐ。其れ或いは未だ夏郊を挙げざるか。」宣子以て告げ、夏郊を祀り、董伯尸(し)と為り、五日にして瘳(い)ゆ。公子産を見て之に莒鼎を賜う。
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孔子家語・正論解鄭の子産、疾有り。子太叔に謂いて曰く、「我死せば、子必ず政を為さん。唯だ徳有る者のみ能く寛を以て民を服せしむ。其の次は猛に如くは莫し。夫れ火烈しければ民望みて之を畏る、故に死する者鮮し。水は濡弱にして、民狎れて之を翫ぶ、則ち死する者多し。故に寛は難し。」子産卒す。子太叔政を為す。猛にするに忍びずして寛にす、鄭国掠盗多し。太叔之を悔いて曰く、「吾早く夫子に従わば、必ず此に及ばざりしならん。」孔子之を聞きて曰く、「善いかな。政寛なれば則ち民慢る、慢れば則ち猛を以て之を糾す。猛なれば則ち民残なわる、民残なわれば則ち之を施すに寛を以てす。寛以て猛を済い、猛以て寛を済う、寛猛相済いて、政是を以て和す。詩に曰く、『民亦た労れたり、汔んど小康なるべし。此の中国を恵み、以て四方を綏んぜよ。』寛を以て之を施し、詭随を縦にする毋かれ。以て無良を謹み、寇虐を式め遏め、慘として明を畏れざるを、之を糾すに猛を以てするなり。遠きを柔らげ邇きを能くし、以て我が王を定む、之を平らかにするに和を以てするなり。」又曰く、「競わず絿がず、剛ならず柔ならず。政を布くこと優優たり、百禄是れ遒まる。和の至りなり。」子産の卒するや、孔子之を聞き、涕を出して曰く、「古の遺愛なり。」
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『春秋左氏伝』襄公三十年 子産、伯有を哭す駟帶國人を率ゐて以て之を伐つ。皆子產を召す。子產曰く、「兄弟にして此に及ぶ。吾は天の與する所に從はん」と。伯有羊肆に死す。子產之に襚し、之を股に枕して之を哭し、斂めて諸を伯有の臣の市側に在る者に殯す。既にして諸を斗城に葬る。子駟氏子產を攻めんと欲す。子皮之を怒りて曰く、「禮は國の幹なり。禮有るを殺すは、禍焉より大なるは莫し」と。乃ち止む。是に於て游吉晉に如きて還り、難を聞きて入らず、介に復命せしむ。八月、甲子、晉に奔る。駟帶之を追ひ、酸棗に及ぶ。子上と盟ひ、兩珪を用て河に質す。公孫肸をして入りて大夫と盟はしむ。己巳、復た歸る。書して「鄭人良霄を殺す」と曰ひ、大夫と稱せざるは、外より入るを言ふなり。子蟜の卒するに於けるや、將に葬らんとし、公孫揮と裨灶と晨に會して事とす。伯有氏を過ぐるに、其の門上に莠を生ず。子羽曰く、「其の莠猶ほ在るか」と。是に於て歲は降婁に在り、降婁中して旦なり。
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