智囊 / 通簡・范湛
范希陽為南昌太守。先是府官自王都院作勢以來,跪拜俱在階下蓬外,風雨不問。希陽欲復舊制,乃於陳都院初上任時,各官俱聚門將見,希陽且進且顧曰:「諸君今日隨我行禮。」進至堂下,竟入蓬內行禮,各官俱隨而前,舊制遂復。希陽退至門外,與眾官作禮為別,更不言及前事而散。忍辱居士曰:「使希陽於聚門將見時與眾參謀,諸人固有和之者,亦必有中沮而稱不可者,又必有色沮而不敢前者,如何肯俱隨而前?俱隨而前者,見希陽之前而已不覺也。又使希陽於出門後慶此禮之得復,諸人必有議其自誇者,更有媒櫱於各上司者,即撫院聞之,有不快者,如何竟復而上人不知?不知者,希陽行之於卒然,而後人又循之為舊例也。嗟乎!事雖小也,吾固知其人為強毅有識者哉!」
新字:范希陽為南昌太守。先是府官自王都院作勢以来,跪拝倶在階下蓬外,風雨不問。希陽欲復旧制,乃於陳都院初上任時,各官倶聚門将見,希陽且進且顧曰:「諸君今日随我行礼。」進至堂下,竟入蓬内行礼,各官倶随而前,旧制遂復。希陽退至門外,与衆官作礼為別,更不言及前事而散。忍辱居士曰:「使希陽於聚門将見時与衆参謀,諸人固有和之者,亦必有中沮而称不可者,又必有色沮而不敢前者,如何肯倶随而前?倶随而前者,見希陽之前而已不覚也。又使希陽於出門後慶此礼之得復,諸人必有議其自誇者,更有媒櫱於各上司者,即撫院聞之,有不快者,如何竟復而上人不知?不知者,希陽行之於卒然,而後人又循之為旧例也。嗟乎!事雖小也,吾固知其人為強毅有識者哉!」
書き下し
范希陽、南昌の太守と為る。先に是れ、府官は王都院の勢いを作して自り、跪拝は俱に階下の蓬外に在り、風雨をも問わず。希陽、旧制を復さんと欲し、乃ち陳都院の初めて上任する時に於いて、各官は俱に門に聚まりて将に見えんとするに、希陽は且つ進み且つ顧みて曰く、「諸君、今日は我に隨いて礼を行え」と。進みて堂下に至り、竟に蓬内に入りて礼を行えば、各官は俱に隨いて前み、旧制遂に復す。希陽は退きて門外に至り、衆官と礼を作して別れを為し、更に前の事に言及せずして散ず。忍辱居士曰く、「使し希陽が門に聚まりて将に見えんとする時に於いて衆と参謀せば、諸人固より之に和する者有らんも、亦た必ず中ごろに沮みて不可と称する者有り、又た必ず色に沮みて敢えて前まざる者有らん。如何ぞ肯えて俱に隨いて前まんや。俱に隨いて前む者は、希陽の前みしを見るのみにして、己の覚えざるなり。又た使し希陽が出門の後に此の礼の復せしを慶せば、諸人は必ず其の自ら誇るを議する者有り、更に各上司に媒孽する者有らん。即ち撫院が之を聞かば、快からざる者有らん。如何ぞ竟に復して上人は知らざらんや。知らざる者は、希陽が之を卒然に行い、而して後人又た循いて旧例と為せばなり。嗟乎、事は小なりと雖も、吾は固より其の人の強毅にして識有る者なるを知る」と。
現代語訳
范希陽(范湛)は南昌の太守であった。それ以前、府の官吏たちは、王都院(巡撫)が威勢を振るうようになって以来、礼拝のひざまずく位置が階段の下の、庇の外になり、風雨があっても構われなかった。希陽は昔の制度を回復しようと考え、陳都院が初めて着任するときに、各官が揃って門に集まり、まさに出迎えようとしたとき、進みながら振り返って言った。「皆さん、今日は私に従って礼を行ってください」。進んで堂下に至り、そのまま庇の内側に入って礼を行うと、各官はみな従って進み、昔の制度がついに戻った。希陽は退いて門の外に出ると、他の官たちと礼を交わして別れ、先の件にはまったく触れずに解散した。忍辱居士は評して言う。「もし希陽が、門に集まって出迎えようとする時に皆に相談したなら、賛同する者もいたろうが、途中で水を差して不可と言う者や、顔色を変えて進もうとしない者も必ずいたはずだ。どうして皆が従って進んだであろうか。皆が従って進んだのは、希陽が進むのを見て、自分たちが進んでいることに気づかなかったからである。また、もし希陽が門を出た後で、この礼が戻ったことを祝ったなら、自慢だと非難する者が必ずいたろうし、上司たちに告げ口する者もいたろう。巡撫がそれを聞けば、不快に思う者もいたに違いない。それなのに、どうして礼が戻りながら上の者は知らなかったのか。知られなかったのは、希陽が不意にこれを行い、後の人もそれに従って旧例としたからである。ああ、事は小さくとも、私はこの人が剛毅で見識ある人物だと知っている」。
解説
この章句が説くこと
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