智囊 / 通簡・王德元
王子醇樞密帥熙河日,西戎欲入寇,先使人覘我虛實。邏者得之,索其衣緣中,獲一書,乃是盡記熙河人馬芻糧之數。官屬皆欲支解以徇,子醇忽判杖背二十,大剌「番賊決訖放歸」六字,縱之。是時適有戎兵馬騎甚眾,芻糧亦富,虜人得諜書,知有備,其謀遂寢。
新字:王子醇枢密帥熙河日,西戎欲入寇,先使人覘我虚実。邏者得之,索其衣縁中,獲一書,乃是尽記熙河人馬芻糧之数。官属皆欲支解以徇,子醇忽判杖背二十,大剌「番賊決訖放帰」六字,縦之。是時適有戎兵馬騎甚衆,芻糧亦富,虜人得諜書,知有備,其謀遂寝。
書き下し
王子醇枢密、熙河に帥たりし日、西戎入寇せんと欲し、先ず人をして我が虚実を覘わしむ。邏者は之を得、其の衣縁の中を索むるに、一書を獲たり。乃ち熙河の人馬芻糧の数を尽く記せり。官属は皆な支解して以て徇えんと欲す。子醇は忽ち判じて背を杖つこと二十、大いに「番賊決訖放帰」の六字を剌し、之を縦つ。是の時、適々戎兵馬騎甚だ衆く、芻糧も亦た富めり。虜人は諜書を得て、備え有るを知り、其の謀は遂に寝む。
現代語訳
枢密副使の王子醇が熙河で軍を率いていた頃、西方の異民族が侵入しようとして、まず人を遣わして我が方の内情をうかがわせた。見回りの兵が捕らえ、その衣の縁の中を探ると、一通の書状が見つかった。熙河の兵馬や糧草の数をすべて記してあった。部下たちはみな、四肢を裂いて見せしめにしようとした。子醇はにわかに裁定を下して背を二十回杖で打たせ、「番賊決訖放帰」(異民族の賊、刑の執行済み、釈放して帰す)の六字を大きく入れ墨し、放してやった。このとき、たまたま我が軍は兵馬が非常に多く、糧草も豊かであった。敵は間者の書状を受け取って、備えが整っていることを知り、その企みはついに止んだ。
解説
この章句が説くこと
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