智囊 / 通簡・御史臺老隸
〔馮述評〕此真宰相才,惜乎以老隸淹也。絳縣老人僅知甲子,猶動韓宣之惜,如此老隸而不獲薦剡,資格束人,國家安得真才之用乎?若立賢無方,則蕭穎士之僕,〔注釋:穎士御僕甚虐,或諷僕使去,僕曰:「非不欲去,愛其才耳。」〕可為吏部郎;甄琛之奴、〔注釋:琛好奕,通宵令奴持燭,睡則加撻。奴曰:「郎君辭父母至京邸,若為讀書,不辭杖罰;今以奕故橫加,不亦太非理乎?〕琛慚,為之改節。〕韓魏公之老兵,〔注釋:公宴客,睹一營妓插杏花。戲曰:「髻上杏花真有幸。〕妓應聲曰:「枝頭梅子豈無媒。」席散,公命老兵喚妓。已而悔之,呼老兵,尚在。公問曰:「汝未去邪。」答曰:「吾度相公必悔,是以未去。」〕可為師傅、祭酒。其他一才一伎,又不可枚舉矣。
新字:〔馮述評〕此真宰相才,惜乎以老隸淹也。絳県老人僅知甲子,猶動韓宣之惜,如此老隸而不獲薦剡,資格束人,国家安得真才之用乎?若立賢無方,則蕭穎士之僕,〔注釈:穎士御僕甚虐,或諷僕使去,僕曰:「非不欲去,愛其才耳。」〕可為吏部郎;甄琛之奴、〔注釈:琛好奕,通宵令奴持燭,睡則加撻。奴曰:「郎君辞父母至京邸,若為読書,不辞杖罰;今以奕故横加,不亦太非理乎?〕琛慚,為之改節。〕韓魏公之老兵,〔注釈:公宴客,睹一営妓挿杏花。戯曰:「髻上杏花真有幸。〕妓応声曰:「枝頭梅子豈無媒。」席散,公命老兵喚妓。已而悔之,呼老兵,尚在。公問曰:「汝未去邪。」答曰:「吾度相公必悔,是以未去。」〕可為師傅、祭酒。其他一才一伎,又不可枚舉矣。
書き下し
〔馮述評〕此れ真に宰相の才なるも、惜しいかな老隷を以て淹まる。絳県の老人は僅かに甲子を知るのみにして、猶お韓宣の惜しみを動かす。此のごとき老隷にして薦剡を獲ざるは、資格が人を束ね、国家は安んぞ真才の用を得んや。若し賢を立つるに方無くば、則ち蕭穎士の僕、〔注釈、穎士の御僕は甚だ虐げらるるに、或るひと僕に諷して去らしむ。僕曰く、「去るを欲せざるに非ず、其の才を愛するのみ」と。〕吏部郎と為るべし。甄琛の奴、〔注釈、琛は奕を好み、通宵奴をして燭を持たしめ、睡れば則ち撻を加う。奴曰く、「郎君は父母を辞して京邸に至る、若し書を読むが為ならば、杖罰を辞せず。今奕の故を以て横に加う、亦た太だ非理ならずや」と。琛は慚じ、為に節を改む。〕韓魏公の老兵、〔注釈、公は客を宴す、一営妓の杏花を挿すを睹て戯れて曰く、「髻上の杏花、真に幸い有り」と。妓は声に応じて曰く、「枝頭の梅子、豈に媒無からんや」と。席散じて、公は老兵に命じて妓を喚ばしむ。已にして之を悔い、老兵を呼ぶに、尚お在り。公問うて曰く、「汝は未だ去らざるか」と。答えて曰く、「吾は相公の必ず悔いんと度り、是を以て未だ去らず」と。〕は、師傅、祭酒と為るべし。其の他の一才一伎は、又た枚挙すべからず。
現代語訳
〔馮夢龍の評〕この老隷は、まことに宰相の才であるのに、老いた下役のままで埋もれたのは惜しいことだ。絳県の老人は、ただ年数を干支で数えられるだけで、韓宣子の惜しむ心を動かした。この老隷のような人物が推薦を得られないのは、資格の制約が人を縛り、国家がどうして真の才能を用いられるだろうか。もし賢者を登用するのに決まった枠がないなら、蕭穎士の僕は、〔注釈、穎士の使用人はひどく虐げられていたが、ある人が僕に出ていくよう勧めた。僕は言った。「出ていきたくないわけではない。その才を愛するからだ」。〕吏部郎になれるだろう。甄琛の下僕は、〔注釈、琛は囲碁を好み、夜通し下僕に燭を持たせ、眠れば鞭打った。下僕は言った。「若様は父母のもとを離れて都の邸に来られました。もし書を読むためなら杖罰も辞しません。いま囲碁のために理不尽に打たれるのは、あまりに道理に合いません」。琛は恥じ、そのために行いを改めた。〕韓魏公の老兵は、〔注釈、公が客を宴席に招いたとき、一人の営妓が杏の花を挿しているのを見て、戯れに言った。「髷の上の杏の花、まことに幸いがある」。妓は即座に答えた。「枝の先の梅の実、どうして仲立ちがないことがありましょう」。宴席が終わり、公は老兵に妓を呼ぶよう命じた。やがて公は後悔して老兵を呼んだが、まだそこにいた。公が尋ねた。「おまえはまだ行っていないのか」。答えた。「相公はきっとお悔やみになると思い、まだ行かずにおりました」。〕師傅や祭酒になれるだろう。その他の一才一芸の者は、数え上げられないほどいる。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』見大・胡世寧少保の胡世寧は、仁和の人なり。左都御史と為り、院事を掌る。時に考察に当たり、執政は私謁を禁ぜんことを請う。公言う、臣の官は察を以て名と為す。人は其の貌に接し、其の言を聴くに非ざれば、以て其の心の邪正、才の短長を察する無し。若し士夫を屏絶して、徒だ考語に按ずれば、則ち毀誉は真を失う。而して之を激揚せんと求むるも、難し、と。上は其の言を是とし、禁ぜず。〔馮述評〕公孫弘は曲学阿世なれども、猶お能く東閣を開きて以て賢人を招く。今世は奸を防ぐに密にして賢を求むるに疎なり。故に事に臨んで遂に才に乏しきの歎有り。
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