智囊 / 通簡・御史臺老隸
宋御史臺有老隸,素以剛正名,每御史有過失,即直其梃,台中以梃為賢否之驗。范諷一日召客,親諭庖人以造食,指揮數四。既去,又呼之,叮嚀告戒。顧老隸梃直,怪而問之。答曰:「大凡役人者,授以法而責其成。苟不如法,自有常刑,何事喋喋。使中丞宰天下,安得人人而詔之?」諷甚愧服。
新字:宋御史台有老隸,素以剛正名,毎御史有過失,即直其梃,台中以梃為賢否之験。范諷一日召客,親諭庖人以造食,指揮数四。既去,又呼之,叮嚀告戒。顧老隸梃直,怪而問之。答曰:「大凡役人者,授以法而責其成。苟不如法,自有常刑,何事喋喋。使中丞宰天下,安得人人而詔之?」諷甚愧服。
書き下し
宋の御史台に老隷有り、素より剛正を以て名あり。御史に過失有る毎に、即ち其の梃を直ぐにし、台中は梃を以て賢否の験と為す。范諷は一日客を召し、親ら庖人に諭して食を造らしめ、指揮すること数四なり。既に去りて、又た之を呼び、叮嚀に告戒す。顧みれば老隷の梃は直し、怪しんで問う。答えて曰く、「大凡そ人を役する者は、授くるに法を以てして其の成るを責む。苟も法の如くならざれば、自ら常刑有り、何事ぞ喋喋たる。使し中丞をして天下を宰らしめば、安んぞ人人にして之に詔ぐるを得んや」と。諷は甚だ愧じ服す。
現代語訳
宋の御史台に老いた下役がいて、日ごろから剛直で正しいことで知られていた。御史に過失があると、いつも杖をまっすぐに立て、台の中では杖を賢愚の判定のしるしとしていた。范諷はある日、客を招き、自ら料理人に指示して料理を作らせ、何度も細かく指図した。料理人が去ったあとも、また呼び戻して丁寧に言い含めた。ふと見ると、老隷の杖がまっすぐ立っている。不審に思って尋ねた。老隷は答えた。「一般に人を使う者は、やり方を授けて、成果を求めるものです。もしやり方どおりにならなければ、決まりの罰があります。なぜ口数多く言うことがありましょう。もし中丞(閣下)が天下を治めるとして、一人ひとりに指図して回れるでしょうか」。諷はたいそう恥じ入り、服した。
解説
この章句が説くこと
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