史記 / 張釈之馮唐列伝
馮唐者、以孝著、為中郎署長、事文帝。上曰、嗟乎、吾独不得廉頗・李牧時為吾将、吾豈憂匈奴哉。唐曰、陛下雖得廉頗・李牧、弗能用也。上怒。良久、復問唐。唐対曰、臣聞上古王者之遣将也、跪而推轂、曰閫以内者寡人制之、閫以外者将軍制之。軍功爵賞皆決於外、帰而奏之。李牧為趙将居辺、軍市之租皆自用饗士、賞賜決於外、不従中擾也。委任而責成功、故李牧乃得尽其智能。今臣竊聞魏尚為雲中守、其軍市租尽以饗士卒。夫士卒尽家人子、終日力戦、斬首捕虜、上功莫府、一言不相応、文吏以法縄之。其賞不行而吏奉法必用。臣愚、以為陛下法太明、賞太軽、罰太重。且雲中守魏尚坐上功首虜差六級、陛下下之吏、削其爵、罰作之。文帝説。是日令馮唐持節赦魏尚、復以為雲中守、拝唐為車騎都尉。太史公曰、張季之言長者、守法不阿意、馮公之論将率、有味哉。書曰、不偏不党、王道蕩蕩。張季・馮公近之矣。
書き下し
馮唐は、孝を以て著れ、中郎署長と為り、文帝に事ふ。上曰く、「嗟乎、吾独り廉頗・李牧を得て時に吾が将と為さず、吾豈だ匈奴を憂へんや」と。唐曰く、「陛下廉頗・李牧を得と雖も、能く用ゐざるなり」と。上怒る。良や久しくして、復た唐に問ふ。唐対へて曰く、「臣聞く、上古王者の将を遣るや、跪きて轂を推し、曰く『閫以内は寡人之を制す、閫以外は将軍之を制す』と。軍功爵賞皆外に決し、帰りて之を奏すと。李牧趙将為りて辺に居り、軍市の租皆自ら用ゐて士を饗し、賞賜外に決し、中より擾さざるなり。委任して成功を責む、故に李牧乃ち其の智能を尽くすを得たり。今臣竊かに聞く魏尚雲中守為り、其の軍市の租尽く以て士卒を饗すと。夫れ士卒尽く家人の子、終日力戦し、首を斬り虜を捕へ、功を莫府に上ぐるに、一言相応ぜざれば、文吏法を以て之を縄す。其の賞行はれずして吏法を奉ずること必ず用ゐらる。臣愚、以為へらく陛下法太だ明、賞太だ軽、罰太だ重しと。且つ雲中守魏尚上功の首虜差六級に坐し、陛下之を吏に下し、其の爵を削り、罰作す」と。文帝説ぶ。是の日馮唐をして節を持して魏尚を赦さしめ、復た以て雲中守と為し、唐を拝して車騎都尉と為す。太史公曰く、張季の長者を言ふ、法を守りて意に阿らず、馮公の将率を論ずる、味有るかな。書に曰く、偏せず党せざれば、王道蕩蕩たりと。張季・馮公之に近し。
現代語訳
馮唐は孝行で知られ、中郎署長となって文帝に仕えた。帝は言った。「ああ、私にはなぜ廉頗や李牧のような者がおらず、今の時代に将軍として使えないのか。もしいれば、匈奴などを憂えることもあるまいに」。馮唐は言った。「陛下は廉頗や李牧を得られたとしても、使いこなすことはできますまい」。帝は怒った。しばらくして、また馮唐に尋ねた。馮唐は答えた。「私はこう聞いております。いにしえの王者が将軍を送り出すとき、跪いて車の轂を押し、こう言ったといいます。『城門の内は私が取り仕切る。城門の外は将軍が取り仕切れ』と。軍功や爵位・褒賞はすべて現地で決裁し、帰ってから報告した、と。李牧は趙の将軍として辺境にあったとき、軍の市場の税をすべて自分の裁量で使って兵をもてなし、褒賞も現地で決裁し、中央が口を出しませんでした。任せきって成果だけを問うたのです。だからこそ李牧はその智恵と能力を存分に発揮できました。ところが今、私がひそかに聞くところでは、魏尚は雲中の太守として、軍の市場の税をすべて兵士のもてなしに使っているといいます。兵士はみな庶民の子です。一日じゅう力戦し、敵の首を斬り捕虜を捕らえ、その功を幕府に届け出るのに、報告書のたった一言でも食い違えば、文書係の役人が法をもって縛り上げる。褒賞は行われず、役人の法だけが必ず適用される。私は愚かながら、陛下の法は明晰すぎ、褒賞は軽すぎ、罰は重すぎると思います。しかも雲中の太守・魏尚は、功績の首級の数が六つ食い違ったというだけで罪に問われ、陛下は彼を役人に引き渡し、爵位を削り、労役に処されました」。文帝は喜んだ。その日、馮唐に節を持たせて魏尚を赦し、ふたたび雲中の太守とし、馮唐を車騎都尉に任じた。太史公は言う。「張季(釈之)が長者について語り、法を守って主君の意に迎合しなかったこと、馮公が将軍のあり方を論じたことは、味わい深い。『書経』にこう言う。偏らず、党せずんば、王道は広々としている、と。張季と馮公は、これに近い」。
解説
この章句が説くこと
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