智囊 / 通簡・王旦
曹瑋久在秦中,累章求代。真宗問王旦:「誰可代瑋者?」旦薦李及,上從之。眾疑及雖謹厚有行檢,非守邊才。韓億以告旦,旦不答。及至秦州,將吏亦心輕之。會有屯戍禁軍,白白晝掣婦人銀釵於市,吏執以聞。及方坐觀書,召之使前,略加詰問,其人服罪。及不復下吏,亟命斬之,復觀書如故。將吏皆驚服。不日聲譽達於京師,億聞之,復見旦,具道其事,且稱旦知人之明。旦笑曰:「戍卒為盜,主將斬之,此常事,何足為異?旦之用及,非為此也。夫以曹瑋知秦州七年,羌人懾服。瑋處邊事已盡宜矣,使他人往,必矜其聰明,多所變置,敗瑋之成績。所以用及者,但以及重厚,必能謹守瑋之規模而已。」億益歎服公之識度。〔馮述評〕張乖崖自成都召還,朝議用任中正代之,或言不可。帝以問王旦。對曰:「非中正不能守詠之規也。」任至蜀,咨詠以為政之法。詠曰:「如己見解高於法,則舍法而用己。勿徇己見。」任守其言。卒以治稱。後生負才。輒狹小前人制度。視此可以知戒。
新字:曹瑋久在秦中,累章求代。真宗問王旦:「誰可代瑋者?」旦薦李及,上従之。衆疑及雖謹厚有行検,非守辺才。韓億以告旦,旦不答。及至秦州,将吏亦心軽之。会有屯戍禁軍,白白昼掣婦人銀釵於市,吏執以聞。及方坐観書,召之使前,略加詰問,其人服罪。及不復下吏,亟命斬之,復観書如故。将吏皆驚服。不日声誉達於京師,億聞之,復見旦,具道其事,且称旦知人之明。旦笑曰:「戍卒為盗,主将斬之,此常事,何足為異?旦之用及,非為此也。夫以曹瑋知秦州七年,羌人懾服。瑋処辺事已尽宜矣,使他人往,必矜其聰明,多所変置,敗瑋之成績。所以用及者,但以及重厚,必能謹守瑋之規模而已。」億益嘆服公之識度。〔馮述評〕張乖崖自成都召還,朝議用任中正代之,或言不可。帝以問王旦。対曰:「非中正不能守詠之規也。」任至蜀,咨詠以為政之法。詠曰:「如己見解高於法,則舎法而用己。勿徇己見。」任守其言。卒以治称。後生負才。輒狭小前人制度。視此可以知戒。
書き下し
曹瑋は久しく秦中に在り、累章して代わらんことを求む。真宗は王旦に問う、「誰か瑋に代わるべき者ぞ」と。旦は李及を薦め、上は之に従う。衆は及が謹厚にして行検有りと雖も、辺を守るの才に非ざるを疑う。韓億以て旦に告ぐるも、旦は答えず。及は秦州に至り、将吏も亦た心に之を軽んず。会ま屯戍の禁軍、白昼に婦人の銀釵を市に掣むる有り、吏執えて以て聞す。及は方に坐して書を観る、召して前に使わしめ、略ぼ詰問を加うれば、其の人は罪に服す。及は復た吏に下さず、亟かに命じて之を斬り、書を観ること故の如し。将吏は皆驚服す。不日にして声誉は京師に達す。億は聞きて、復た旦に見え、具さに其の事を道い、且つ旦の知人の明を称す。旦笑いて曰く、「戍卒は盗を為し、主将は之を斬る、此れ常事なり、何ぞ異と為すに足らんや。旦が及を用うるは、此の為に非ず。夫れ曹瑋は秦州を知ること七年、羌人は懾服す。瑋は辺事を処すること已に尽くせり、宜なり。他人をして往かしめば、必ず其の聡明を矜り、多く変置する所あり、瑋の成績を敗らん。及を用うる所以は、但だ及の重厚なるを以て、必ず能く瑋の規模を謹守するのみなり」と。億は益ます公の識度に歎服す。〔馮述評〕張乖崖は成都より召還さるるに、朝議は任中正を用いて之に代えんとし、或るひと不可と言う。帝は以て王旦に問う。対えて曰く、「中正に非ざれば詠の規を守る能わず」と。任は蜀に至り、詠に為政の法を咨る。詠曰く、「己の見解が法より高からば、則ち法を舎てて己を用いよ。己見に徇う勿れ」と。任は其の言を守り、卒に治を以て称せらる。後生は才を負み、輒ち前人の制度を狭小とす。此を視て以て戒めを知るべし。
現代語訳
曹瑋は長く秦中にいて、何度も上奏して後任を求めた。真宗は王旦に尋ねた。「誰が瑋に代われるか」。旦は李及を推薦し、皇帝は従った。人々は、及は慎み深く品行はあるが、辺境を守る才ではないと疑った。韓億がそれを旦に告げたが、旦は答えなかった。及は秦州に着くと、将校や役人も心の中で軽んじた。ちょうどそのとき、駐屯する禁軍の兵が、白昼に市場で婦人の銀のかんざしをひったくり、役人が捕らえて報告した。及は座って書物を読んでいたところで、兵を前に呼び出し、軽く尋問すると、兵は罪を認めた。及は役人に引き渡さず、ただちに斬首を命じ、再び書物を読み続けた。将校や役人は皆、驚いて服した。数日もたたないうちに、名声は都に伝わった。億は聞いて、再び旦に会い、事の次第を詳しく述べ、旦の人を見抜く明を称えた。旦は笑って言った。「戍卒が盗みをはたらき、主将が斬る、これは日常のことだ。何も珍しくはない。私が及を用いたのは、このためではない。そもそも曹瑋は秦州を治めて七年、羌人は恐れ服した。瑋は辺境の事務を尽くしており、当然のことだ。もし他の人を行かせれば、きっと自分の聡明さを誇り、多くを変更して、瑋の成果を損なうだろう。及を用いるのは、及が重厚で、必ず瑋の規模を慎重に守るからに過ぎない」。億はますます公の見識に感服した。〔馮夢龍の評〕張乖崖が成都から召還されるとき、朝議は任中正を後任にしようとしたが、不可とする者がいた。皇帝が王旦に尋ねた。答えた。「中正でなければ詠の規則を守れません」。任は蜀に着くと、詠に政治の方法を尋ねた。詠は言った。「もし自分の見解が法より優れているなら、法を捨てて自分に従え。ただし自分の見解に拘ってはならない」。任はその言葉を守り、ついに治績で称えられた。若者は才を頼んで、とかく前人の制度を狭く小さいとみなす。これを見て戒めとすべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻九・李及曹瑋、久しく秦州に在り。累章して代を求む。真宗、王旦に問う、誰か代わる可き者ぞと。旦、公を薦む。上、即ち公を以て秦州を知らしむ。衆皆な謂う、公は謹厚にして行檢有りと雖も、邉を守るの材に非ずと。楊億、衆言を以て旦に告ぐ。旦、答えず。公、秦州に至る。將吏の心も亦た之を輕んず。㑹々屯駐の禁軍の、白晝、婦人の銀釵を市に掣する有り。吏、執えて以て聞す。公、方に書を觀る。之を召して前ましめ、略ぼ詰問を加う。其の人、罪に服す。公、復た吏に下さず。亟かに命じて之を斬らしむ。復た書を觀ること故の如し。將吏皆な驚服す。日ならずして聲譽、京師に達す。億之を聞き、復た旦に見えて其の事を道いて且つ曰く、向者、相公、初めて及を用う。外廷の議、皆な及の其の任に勝えざるを恐る。今、及の材器、乃ち此くの如し。信なるかな、相公の人を知るの明なるやと。旦笑いて曰く、外廷の議、何ぞ其れ易く得るや。夫れ禁軍を以て邉に戍り、白晝、盗を市に爲す。主將、之を斬るは事の常なり。旦の及を用うる者、其の意、此が爲に非ざるなり。夫れ瑋、秦州を知ること七年、羗人讋服す。邉境の事、瑋、之に處して巳に其の宜を盡くせり。他人をして徃かしめば、必ず其の聪明を矜りて變置する所多く、瑋の成績を敗らん。旦の及を用うる所以の者は、及の重厚にして必ず能く謹んで瑋の規模を守るを以てのみと。億、是に由りて旦の識度に服す。
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『宋名臣言行録』前集巻二・王旦張尚書、成都を知りて召還せらる。朝議、任中正を以て之に代えんとす。言者以て不可と為す。時に公相と為る。上之を責問す。對えて曰く、中正に非ずんば詠の規を守る能わず。他人往かば妄りに變更有らんと。上之を是とす。言者も亦た王の能く人を用うるに服す。
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『智囊』遠猶・王旦王旦、兗州景霊宮の朝修使たり、内臣周懐政偕に行く。或いは間に乗じて見えんことを請うに、旦は必ず従者の尽く至るを俟ち、冠帯して堂皇に出で見え、事を白して退かしむ。後、懐政事を以て敗れ、方に旦の遠慮を知る。内臣劉承規、忠謹を以て幸を得、病みて且に死せんとし、節度使と為らんことを求む。帝、旦に語りて曰く、「承規は此を待ちて以て瞑せん」と。旦執りて不可とし、曰く、「他日、枢密使と為らんことを求むる者有らば、奈何せん」と。遂に止む。是より内臣の官は留後に過ぎず。
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『智囊』迎刃・王旦馬軍副都指揮使張旻、旨を被りて兵を選ぶに、令を下すこと太だ峻しく、兵は懼れ、謀りて変を為さんとす。上は二府を召して之を議す。王旦曰く、「若し旻を罪せば、則ち今自り帥臣は何を以て衆を御せん。急ぎ謀る者を捕らえば、則ち都邑を震驚せしめん。陛下、数ば旻を任ずるに枢密を以てせんと欲す。今、若し擢用して、兵柄を解かしめば、反側する者は当に自ら安んずべし」と。上、左右に謂いて曰く、「旦は大事を処するに善し、真の宰相なり」と。〔馮述評〕一転を借りて以て帥臣の体を存し、而して徐に其の去留を議す。原より旻に私するに非ず。契丹、歳給の外に別に銭幣を仮さんことを奏請す。真宗以て王旦に示す。公曰く、「東封甚だ迫り、車駕将に出でんとす。此れを以て朝廷の意を探るのみ。歳給三十万物の内に於いて各おの三万を借し、仍お次年の額内より除くことを諭す可し」と。契丹は之を得て大いに慚じ、次年復た有司に下す、「契丹の借る所の金帛六万、事は微末に属す。仰せて常数に依りて之に与え、今後は永く例と為さず」と。〔馮述評〕借さざれば則ち其の意に違う。徒に借せば又た名無し。借して除かざれば、則ち僥倖の望みを塞ぐ無し。借して必ず除かば、又た中国の大なるを明らかにする無し。是くの如く処分して方めて妥なり。西夏の趙徳明、糧万斛を求む。王旦、有司に敕して粟百万を京師に具えしめ、而して徳明をして来たりて取らしめんことを請う。徳明は大いに慚じ、曰く、「朝廷に人有り」と。乃ち止む。
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『智囊』見大・王旦王欽若・馬知節、同じく枢府に在り。一日、上前に事に因りて忿争す。上、王旦を召して至らしむるに、則ち欽若の喧嘩して已まざるを見、馬は則ち涕泣して曰く、「願わくは欽若と同じく御史府に下らん」と。旦は乃ち欽若を叱りて下がらしむ。上は怒ること甚だしく、これを獄に下さんと欲す。旦、従容として曰く、「欽若ら、陛下の顧遇の厚きを恃み、陛下を煩わしむ。臣は宰府に冠たり、当に朝典を行うべし。然れども陛下の天顔の怡ばざるを観る。願わくは且く内に還られ、来日、旨を取らん」と。上は之を許す。旦は退きて、欽若らを召して切に責む。皆な皇懼し、手疏して罪を待つ。翌日、上は旦を召して曰く、「王欽若らの事、如何に処分せん」と。旦曰く、「臣は暁夕これを思う。欽若らは当に黜くべし。然れども未だ何の罪を伏せしむるかを知らず」と。上曰く、「朕に対して忿争し、無礼なり」と。旦曰く、「陛下は聖明にして御に在り。而るに大臣をして忿争無礼の罪に坐せしめば、恐らくは夷狄これを聞きて、以て遠きを威する無し」と。上曰く、「卿の意は如何」と。対えて曰く、「願わくは中書に至り、欽若らを召して、陛下の含容の意を宣示し、且つこれを戒約し、少間を俟ちて、罷むるも未だ晩からず」と。上曰く、「卿の言に非ずんば、朕、固より忍び難し」と。後数月にして、欽若ら皆な罷む。
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『智囊』通簡・向敏中・王旦真宗の澶淵に幸するや、向敏中に密詔を賜い、西鄙を尽く付し、便宜に行事するを許す。敏中は詔を得て之を蔵し、政を視ること常の如し。会々大儺あり、禁卒の儺に依りて乱を為さんと欲する者ありと告ぐる有り。敏中は密かに兵に麾して甲を被せ、廡下の幕中に伏せしむ。明日、尽く賓僚、兵官を召し、酒を置き縦に閲し、儺を入らしめ、先ず中門の外に馳騁せしむ。後に召して階に至らしめ、敏中は袂を振るいて一たび麾けば、伏せたる者出で、尽く之を擒らう。果たして短刃を懐き、即席に斬る。既に其の屍を屏け、灰沙を以て庭を掃き、照旧として楽を張り宴飲す。旦は幸に従いて澶淵に至る。帝は雍王の暴疾に遇うを聞き、旦に命じて馳せて東京に還り、権に留守の事を行わしむ。旦は馳せて禁城に至り、直ちに禁中に入り、人をして伝播せしめず。大駕の還るに及び、旦の家の子弟は皆な郊に出で迎う。忽ち後ろに騶呵の声を聞き、回り視れば乃ち旦なり。皆な大いに驚く。〔馮述評〕西鄙、東京、両人は券の如し。時に寇準は澶淵に在り、骰を擲ち酒を飲み鼾睡す。仁宗は之を恃みて以て安んず。内外人を得、故に虜は害を為さず。事有るの日に当たりては、須らく此の如き静鎮を得べし。
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