智囊 / 通簡・唐文宗
文宗將有事南郊。祀前本司進相撲人。上曰:「我方清齋,豈合觀此事?」左右曰:「舊例皆有。已在門外祗候。」上曰:「此應是要賞物。可向外相撲了,即與賞物令去。」又嘗觀鬥雞。優人稱歎:「大好雞!」上曰:「雞既好,便賜汝!」〔馮述評〕既不好名,以揚前人之過;又不好戲,以開倖人之端。覺革弊更紛,尚屬多事。此一節可稱聖主。
新字:文宗将有事南郊。祀前本司進相撲人。上曰:「我方清斎,豈合観此事?」左右曰:「旧例皆有。已在門外祗候。」上曰:「此応是要賞物。可向外相撲了,即与賞物令去。」又嘗観鬥鶏。優人称嘆:「大好鶏!」上曰:「鶏既好,便賜汝!」〔馮述評〕既不好名,以揚前人之過;又不好戯,以開倖人之端。覚革弊更紛,尚属多事。此一節可称聖主。
書き下し
文宗将に南郊に事有らんとす。祀の前に本司は相撲人を進む。上曰く、「我は方に清斎す、豈に此の事を観るに合うや」と。左右曰く、「旧例に皆有り。已に門外に祗候す」と。上曰く、「此れ応に是れ賞物を要するなるべし。向外にて相撲し了れば、即ち賞物を与え去らしめよ」と。又た嘗て闘鶏を観る。優人称歎して「大いに好き鶏なり」と。上曰く、「鶏既に好し、便ち汝に賜う」と。〔馮述評〕既に名を好まず、以て前人の過ちを揚げ、又た戯を好まず、以て倖人の端を開く。弊を革めて紛を更むるは、尚お事多きに属すと覚ゆ。此の一節は聖主と称すべし。
現代語訳
文宗は南郊で祭祀を行おうとした。祭祀の前に、担当の役所が相撲取りを差し出した。皇帝は言った。「私はこれから斎戒するのに、こんなものを見てよいはずがない」。側近は言った。「旧例ではいつもあります。すでに門の外に控えております」。皇帝は言った。「彼らは褒美を求めているのだろう。外で相撲を取り終えたら、褒美を与えて帰らせよ」。また、あるとき闘鶏を観覧した。芸人が感嘆して「たいへん良い鶏です」と言った。皇帝は言った。「鶏が良いのなら、おまえに与えよう」。〔馮夢龍の評〕名声を求めて前代の過ちをあばくこともせず、また遊びを好んで取り入る者に端緒を与えることもしない。弊害を改めて混乱を更に招くことは、なお手間が多いと感じる。この一節は聖主と称するべきである。
解説
この章句が説くこと
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