智囊 / 遠猶・劉大夏
劉忠宣戍肅州,貧甚,諸司憚逆瑾,毋敢館穀者,三學生徒輪食之。有參將某遣使致餽,敕其使不受勿返。公曰:「吾老,唯一僕,日食不過數錢,若受之,僕竊之逃,不將隻身陷此耶?」尋同戍鍾尚書橐貲果為僕竊而逃,人服公先識云。〔馮述評〕本不欲受,慮患乃第二義也。曹公在官渡,召華歆。賓客送者千餘人,贈遺數千,皆無所拒,密各題識。臨去謂諸君曰:「本無相拒之心,而所受遂多,念單車遠行,將以懷璧為罪。」乃還所贈,眾服其德。忠宣蓋本此。
新字:劉忠宣戍粛州,貧甚,諸司憚逆瑾,毋敢館穀者,三学生徒輪食之。有参将某遣使致餽,勅其使不受勿返。公曰:「吾老,唯一僕,日食不過数銭,若受之,僕窃之逃,不将隻身陥此耶?」尋同戍鍾尚書橐貲果為僕窃而逃,人服公先識云。〔馮述評〕本不欲受,慮患乃第二義也。曹公在官渡,召華歆。賓客送者千余人,贈遺数千,皆無所拒,密各題識。臨去謂諸君曰:「本無相拒之心,而所受遂多,念単車遠行,将以懐璧為罪。」乃還所贈,衆服其徳。忠宣蓋本此。
書き下し
劉忠宣、粛州に戍せられ、貧しきこと甚だし。諸司は逆瑾を憚り、敢えて館穀する者無し。三学の生徒、輪ごとに之に食わしむ。参将某有り、使を遣わして餽を致し、其の使に敕して受けずんば返る勿かれと。公曰く、「吾は老い、唯だ一僕のみ、日食は数銭に過ぎず。若し之を受けば、僕は竊みて逃げ、隻身此に陥らざらんや」と。尋いで同戍の鍾尚書の橐資は、果たして僕に竊まれて逃げ、人は公の先識に服すと云う。〔馮述評〕本と受けんと欲せず、患いを慮るは乃ち第二義なり。曹公、官渡に在りて、華歆を召す。賓客の送る者千余人、贈遺数千、皆拒む所無く、密かに各おの題識す。去るに臨みて諸君に謂いて曰く、「本と相拒む心無きも、受くる所は遂に多し。単車遠行を念えば、懐璧を以て罪と為さん」と。乃ち贈る所を還し、衆其の徳に服す。忠宣は蓋し此に本づく。
現代語訳
劉忠宣(劉大夏)は粛州に流されて戍卒となり、ひどく貧しかった。諸官庁は宦官の劉瑾を恐れて、誰も食事や宿を世話しなかった。三学の学生たちが交代で食事を提供した。ある参将が使者をよこして贈り物を届け、使者に「受け取らねば帰ってくるな」と命じた。公は言った。「私は老いて、僕が一人いるだけで、一日の食費は数銭に過ぎません。もし贈り物を受ければ、僕が盗んで逃げ、私は身一つでここに取り残されるのではありませんか」。やがて同じく流された鍾尚書の財産は、果たして僕に盗まれて逃げられ、人々は公の先見に感服したという。〔馮夢龍の評〕もともと受け取りたくなかったのであり、災いを思うのは第二の理由に過ぎない。曹公(曹操)が官渡にいたとき、華歆を召した。見送る賓客は千人あまり、贈り物は数千に上ったが、すべて拒まず、ひそかにそれぞれに印をつけた。出発のとき、人々に言った。「もともと拒む気持ちはなかったが、受けたものは多くなった。一台の車で遠くへ行くことを思えば、宝を懐に抱いて罪とされかねない」。そこで贈り物をすべて返し、人々はその徳に服した。忠宣はおそらくこれに基づいたのだろう。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』經務・劉大夏弘治十年、戸部の劉大夏に命じて出でて辺餉を理めしむ。或るひと曰く、「北辺の糧草は半ば中貴人の子弟の経営に属す。公は素より先輩と合わず、恐らくは剛を以て禍を取るを免れざらん」と。大夏曰く、「事を処するは理を以てし勢を以てせず。彼に至るを俟ちて之を図らん」と。既に至り、辺上の父老を召して日夕講究し、遂に其の要領を得たり。一日、通衢に榜して云う、「某倉は糧若干石を欠く。石ごとに官価若干を給す。凡そ境内外の官民・客商の家、但だ輸せんことを願う者は、米は十石以上、草は百束以上より、俱に告するを准す」と。中貴の子弟と雖も亦た禁ぜず。両月ならずして、倉場は牛刃に充つ。蓋し往時は糧百石、草千束にして方に告するを准せしが故に、中貴の子弟争いて市を為し、辺人の糧草を転買し、陸続として運び至り、利を牟ること十に五なり。此の法立つより、糧草ある家は自ずから告輸するを得、中貴の子弟は収糴せんと欲すと雖も、得る処無く、公に余積あり、家に余あり。〔馮述評〕忠宣の法は誠に善し。然れども辺上の父老を召して日夕講究せしめずんば、如何にして知るを得んや。能く此の如く虚心に訪問し、実心に善に従わば、何の官か治まらざらん、何の事か済らざらん。昔、唐人は台中の坐席を目して「癡牀」と為す。謂えらく、一たび此の牀に坐すれば、驕倨すること癡の如しと。今、上官公坐は皆な「癡牀」なり。民間の利病、何に由りて上聞せん。
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『智囊』知微・嚴辛分宜の厳相、正月二十八日を以て誕す。亭州の劉巨塘、宜春に令たり、入覲の時、衆に随いて往きて祝す。祝し後、厳相倦み、其の子世蕃、門者をして且く門を合わせしむ。劉出づるを得ず、飢うること甚だし。厳辛なる者有り、厳氏の紀綱の僕なり。劉を導き間道より其の私居に過ぎらしめ、劉公を留めて飯せしむ。飯し已わりて、辛曰く、「他日望むらくは台下、目を垂れよ。」劉公曰く、「汝が主は正に隆赫に当たる。我何ぞ能く為さん。」辛曰く、「日は常には午ならず。願わくは台下今日の托を忘るる無かれ。」数年ならずして、厳相敗れ、劉公適たま袁州に守たり。辛は方に贓二万を以て獄に滞る。劉公昔の語を憶い、為に其の贓の若干を減ず。始めて戍せらるるを得たり。〔馮述評〕厳氏父子の智は此の僕に如かず。趙文華・鄢懋卿の輩の智も、亦た此の僕に如かず。満朝の縉紳と雖も、智は皆な此の僕に如かざるなり。
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