智囊 / 遠猶・范鎮
范純夫言,曩子弟赴官,有乞書於蜀公者,蜀公不許,曰:「仕宦不可廣求人知,受恩多,難立朝矣。」〔馮述評〕國朝劉忠宣公有云:「仕途勿廣交,受人知。只如朋友,若三數人得力者,自可了一生。」嗚呼,真老成練事之語!
新字:范純夫言,曩子弟赴官,有乞書於蜀公者,蜀公不許,曰:「仕宦不可広求人知,受恩多,難立朝矣。」〔馮述評〕国朝劉忠宣公有云:「仕途勿広交,受人知。只如朋友,若三数人得力者,自可了一生。」嗚呼,真老成練事之語!
書き下し
范純夫言う、曩に子弟官に赴くに、書を蜀公に乞う者有り、蜀公は許さず、曰く、「仕宦は広く人の知を求むべからず。恩を受くること多ければ、朝に立ち難し」と。〔馮述評〕国朝の劉忠宣公に云う有り、「仕途に広く交わる勿かれ、人に知を受くること。只だ朋友の如く、若し三数人の力を得る者あれば、自ら一生を了うべし」と。嗚呼、真に老成練事の語なり。
現代語訳
范純夫が語った。以前、子弟が任官で赴任するとき、蜀公(范鎮)に紹介状を頼む者があった。蜀公は許さず、こう言った。「官途にあって、広く人に知られようとしてはならない。恩を受けることが多くなれば、朝廷で立ちにくくなる」。〔馮夢龍の評〕本朝の劉忠宣公にもこういう言葉がある。「官途では広く交わってはならない、人に引き立てを受けることも。友人のように、三、四人の力になる人があれば、それで一生を過ごせる」。ああ、まことに老練で事に通じた人の言葉である。
解説
范鎮は、人脈を広げて引き立てを多く受けることが、かえって後で身動きを取りにくくすると見ていました。恩が増えるほど、断れない頼まれごとも増え、公正な判断が縛られます。劉大夏の言葉も、数人の信頼できる人との関係で十分だとする点で一致しています。現代の管理職も、社外の関係者や有力者に紹介を重ねるほど、利害の板挟みが増えます。広さより深さを選び、受けた恩に報いられる範囲で関係を持つことが、自分の判断の自由を守る道です。
この章句が説くこと
不可広求人知受恩多難立朝人脈利害の板挟み老成練事
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『宋名臣言行録』後集巻十三・范祖禹公言う、舊年子弟の官に赴くに、蜀公に書を乞う者有り。公許さずして曰く、仕宦は廣く人に知らるるを求む可からず。恩を受くること多ければ、則ち朝に立ち難し、と。
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