智囊 / 遠猶・汪公
王雲鳳出為陝西提學,台長汪公謂之曰:「君出振風紀,但盡分內事,勿毀淫祠、禁僧道。」雲鳳曰:「此正我輩事,公何以云然?」公曰:「君見得真確則可,見之不真,而一時慕名為之,他日妻妾子女有疾,不得不禱祠,一禱祠則傳笑四方矣。」雲鳳歎服。此文衡山說,恨汪公失其名。〔馮述評〕見得真確,出自學問,狄梁公是也。慕名者未有不變,仕人舉動,當推類自省。
新字:王雲鳳出為陝西提学,台長汪公謂之曰:「君出振風紀,但尽分内事,勿毀淫祠、禁僧道。」雲鳳曰:「此正我輩事,公何以云然?」公曰:「君見得真確則可,見之不真,而一時慕名為之,他日妻妾子女有疾,不得不祷祠,一祷祠則伝笑四方矣。」雲鳳嘆服。此文衡山説,恨汪公失其名。〔馮述評〕見得真確,出自学問,狄梁公是也。慕名者未有不変,仕人舉動,当推類自省。
書き下し
王雲鳳、出でて陝西の提学と為る。台長汪公之に謂いて曰く、「君は出でて風紀を振るうに、但だ分内の事を尽くし、淫祠を毀ち僧道を禁ずる勿かれ」と。雲鳳曰く、「此れ正に我が輩の事なり、公何を以て然か云う」と。公曰く、「君の見ること真確ならば則ち可なり。見ること真ならずして、一時名を慕いて之を為せば、他日、妻妾子女に疾有りて、禱祠せざるを得ず。一たび禱祠すれば則ち笑いを四方に伝えん」と。雲鳳歎服す。此れ文衡山の説、恨むらくは汪公は其の名を失う。〔馮述評〕見ること真確なるは、学問より出づ、狄梁公是れなり。名を慕う者は未だ変ぜざる有らず、仕人の挙動は、当に類を推して自ら省るべし。
現代語訳
王雲鳳は地方に出て陝西の提学(教育長官)となった。御史台長官の汪公は彼に言った。「あなたは赴任して風紀を正すにあたり、ただ本分の務めだけを果たし、淫祠(怪しい祠)を壊したり、僧や道士を禁じたりしてはいけない」。雲鳳は言った。「それこそ我々の仕事ではありませんか。なぜそのようにおっしゃるのですか」。公は言った。「あなたが真に確かな見識でそうするならよい。確かな見識もなく、一時の名声を慕ってそうすれば、のちに妻や側室や子に病気があって、祈祷せざるをえなくなる。一度祈祷すれば、笑いものが四方に伝わるだろう」。雲鳳は感嘆して従った。これは文衡山の話だが、残念ながら汪公の名は失われている。〔馮夢龍の評〕確かな見識は、学問から生まれる。狄梁公(狄仁傑)がそれである。名声を慕う者は、必ず変節する。官にある者の振る舞いは、類推して自ら省みるべきである。
解説
この章句が説くこと
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『後世への最大遺物』第二回・己の信ずることを実行する者己の信ずることを実行するものが真面目なる信者です。ただただ壮言大語することは誰にもできます。いくら神学を研究しても、いくら哲学書を読みても、われわれの信じた主義を真面目に実行するところの精神がありませぬあいだは、神はわれわれにとって異邦人であります。それゆえに、われわれは神がわれわれに知らしたことをそのまま実行いたさなければなりません。こういたさねばならぬと思うたことは、われわれはことごとく実行しなければならない。もしわれわれが、正義はついに勝つものにして不義はついに負けるものであるということを世間に発表するものであるならば、そのとおりにわれわれは実行しなければならない。これを称して真面目なる信徒と申すのです。
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