智囊 / 遠猶・林立山
《武廟實錄》將成時,首輔楊廷和以忤旨罷歸,中貴張永坐罪廢。翰林林立山奏記副總裁董中峰曰:「史者,萬世是非之權衡。昨聞迎立一事,或曰由中,或曰內閣;誅賊彬,或云由廷和,或云由永。疑信之間,茫無定據。今上方總核名實,書進二事,必首登一覽,恐將以永真有功,廷和真有罪。君子小人,進退之機決矣。」董公以白總裁費鵝湖,乃據實書:「慈壽太后遣內侍取決內閣。」天子由是傾心宰輔,宦寺之權始輕。
新字:《武廟実録》将成時,首輔楊廷和以忤旨罷帰,中貴張永坐罪廃。翰林林立山奏記副総裁董中峰曰:「史者,万世是非之権衡。昨聞迎立一事,或曰由中,或曰内閣;誅賊彬,或云由廷和,或云由永。疑信之間,茫無定拠。今上方総核名実,書進二事,必首登一覧,恐将以永真有功,廷和真有罪。君子小人,進退之機決矣。」董公以白総裁費鵝湖,乃拠実書:「慈寿太后遣内侍取決内閣。」天子由是傾心宰輔,宦寺之権始軽。
書き下し
《武廟実録》の将に成らんとする時、首輔楊廷和は旨に忤うを以て罷め帰り、中貴張永は罪に坐して廃せらる。翰林林立山、副総裁董中峰に奏記して曰く、「史は、万世の是非の権衡なり。昨に聞く、迎立の一事は、或いは中由りと曰い、或いは内閣由りと曰う。賊彬を誅するは、或いは廷和由りと云い、或いは永由りと云う。疑信の間にして、茫として定拠無し。今上は方に名実を総核したまい、二事を書進せば、必ず首に一覧に登らん。恐らくは将に永は真に功有り、廷和は真に罪有りと以わんとす。君子小人の進退の機は決せん」と。董公以て総裁費鵝湖に白し、乃ち実に据りて書す、「慈寿太后、内侍を遣わして決を内閣に取る」と。天子是に由り心を宰輔に傾け、宦寺の権始めて軽し。
現代語訳
『武宗実録』が完成しようとするとき、首席大学士の楊廷和は旨に逆らったために罷免されて帰郷し、宦官の張永は罪に問われて職を失っていた。翰林の林立山は、副総裁の董中峰に書面で申し入れた。「歴史は万世にわたる是非の物差しです。先に聞いたところでは、新帝の擁立の件は、宮中から出たという人もあり、内閣から出たという人もあります。逆賊の江彬を誅したことも、楊廷和によるという人もあり、張永によるという人もあります。真偽が定まらず、ぼんやりして確かな根拠がありません。今の陛下は名実を総合的に調べておられ、この二件を記して献上すれば、必ず真っ先に御覧になります。恐らく、張永に真の功績があり、楊廷和に真の罪があると判断されかねません。君子と小人の進退の分かれ目が、ここで決まります」。董公はそれを総裁の費鵝湖に伝え、そこで事実に基づいて書いた。「慈寿太后が宦官を遣わして内閣に決定を求めた」。天子はこれによって宰相に心を傾け、宦官の権力は初めて軽くなった。
解説
この章句が説くこと
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『大和俗訓』巻之五・言語一人をほめ毀ること、つつしんで過不及なかるべし。人の小悪を大悪に言ひなし、小過を大過に言ひなし、虚なることを実に言ひなすは、讒言なり。又左程なきことを、甚しく人をほめ過すも、正直の道にあらず。へつらひて其人に私するなり。誉めそしること、かるがるしくすべからず。たとへば権量を以て、物の軽重をはかるが如くなるべし。一毫もかろくし重くして、過不及あるべからず。誉むべからざる人をほめ、毀るべからざる人をそしり、或はほめ過し、そしり過すは、ともに不智なり。論語に子貢曰、君子は一言以て智とし、一言以て不智とす。言慎まずんばあるべからずといへり。よき人は、許可をつつしむとて、人をみだりにゆるしほめず。されども、小善をもすてず、一芸をも用ふるは、君子のする所なり。
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言志四録・言志録 第四十九条 賞罰に私を容れず天工を助くる者は、我従ひて之を賞す。天物を戕ふ者は、我従ひて之を罰す。人君は私を容るるに非ず。
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『臣軌』卷上 公正章賢臣は六正の道に処り、六邪の術を行わず。故に上安くして下理まり、生きては則ち楽しまれ、死しては則ち思わる。此れ人臣の術なり。
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『長短経』息弁此に由りて之を言えば、夫れ身を立て政に従うには、皆本有り。理乱能否には、皆迹有り。若し其の本行を操りて、事迹を以て之を縄さば、譬えば水の寒き、火の熱きが如く、則ち善悪逃るる所無し。
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『春秋左氏伝』宣公十六年 民の多幸は国の不幸十六年春、晉の士會師を帥ゐて赤狄の甲氏及び留吁・鐸辰を滅ぼす。三月、狄の俘を獻ず。晉侯王に請ひ、戊申、黻冕を以て士會に命じて中軍に將とし、且つ大傅と為す。是に於て晉國の盜、逃れて秦に奔る。羊舌職曰く、「吾之を聞く、禹善人を稱げて、不善人遠ざかると。此の謂なり。夫れ詩に曰く、『戰戰兢兢として、深淵に臨むが如く、薄冰を履むが如し』と。善人上に在るなり。善人上に在れば、則ち國に幸民無し。諺に曰く、『民の幸多きは、國の不幸なり』と。是れ善人無きの謂なり」と。夏、成周の宣榭火あり、人之に火するなり。凡そ火は、人火を火と曰ひ、天火を災と曰ふ。秋、郯の伯姬來り歸る、出されたるなり。毛・召の難の故の為に、王室復た亂る。王孫蘇晉に奔る、晉人之を復す。冬、晉侯士會をして王室を平がしむ。定王之を享し、原襄公禮を相く。殽烝す。武子私かに其の故を問ふ。王之を聞き、武子を召して曰く、「季氏、而聞かざるか。王の享には體薦有り、宴には折俎有り。公は享に當り、卿は宴に當る、王室の禮なり」と。武子歸りて典禮を講求し、以て晉國の法を脩む。
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