智囊 / 遠猶・高明
黃河南徙,民耕汙地,有收。議者欲履畝坐稅。高御史明不可,曰:「河徙無常,稅額不改,平陸忽復巨浸,常稅猶按舊籍,民何以堪?」遂報罷。〔馮述評〕每見沿江之邑,以攤江田賠糧致困,蓋沙漲成田,有司喜以升科見功,而不知異日減科之難也。川中之鹽井亦然,陳於陛《意見》云:「有井方有課,因舊井塌壞,而上司不肯除其課,百姓受累之極,即新井亦不敢開。宜立為法:凡廢井,課悉與除之;新井許其開鑿,開成日免課,三年後方徵收,則民困可蘇而利亦興矣。若山課多,一時不能盡蠲,宜查出另為一籍,有恩典先及之,或緩徵,或對支,徐查新漲田,即漸補扣。數年之後,其庶幾乎?」查洪武二十八年,戶部節奉太祖聖旨:「山東、河南民人,除已入額田地照舊徵外,新開荒的田地,不問多少,永遠不要起科,有氣力的盡他種。」按:此可為各邊屯田之法。
新字:黄河南徙,民耕汚地,有収。議者欲履畝坐税。高御史明不可,曰:「河徙無常,税額不改,平陸忽復巨浸,常税猶按旧籍,民何以堪?」遂報罷。〔馮述評〕毎見沿江之邑,以攤江田賠糧致困,蓋沙漲成田,有司喜以升科見功,而不知異日減科之難也。川中之塩井亦然,陳於陛《意見》云:「有井方有課,因旧井塌壊,而上司不肯除其課,百姓受累之極,即新井亦不敢開。宜立為法:凡廃井,課悉与除之;新井許其開鑿,開成日免課,三年後方徴収,則民困可蘇而利亦興矣。若山課多,一時不能尽蠲,宜查出另為一籍,有恩典先及之,或緩徴,或対支,徐查新漲田,即漸補扣。数年之後,其庶幾乎?」查洪武二十八年,戸部節奉太祖聖旨:「山東、河南民人,除已入額田地照旧徴外,新開荒的田地,不問多少,永遠不要起科,有気力的尽他種。」按:此可為各辺屯田之法。
書き下し
黄河南に徙り、民、汙地を耕し、収め有り。議者、畝を履みて税を坐せんと欲す。高御史明、不可として曰く、「河の徙ること常無し。税額改まらずば、平陸忽ち復た巨浸となるも、常税は猶お旧籍に按ぜん。民何を以て堪えん」と。遂に報じて罷む。〔馮述評〕毎に見る、沿江の邑、江田を攤して糧を賠するを以て困しむ。蓋し沙漲りて田と成り、有司は升科を以て功と見て喜び、而して異日の減科の難きを知らざるなり。川中の塩井も亦然り。陳於陛《意見》に云う、「井有りて方に課有り。旧井の塌壊するに因りて、上司は其の課を除くを肯んぜず、百姓の累を受くること極まり、即ち新井も亦敢えて開かず。宜しく立てて法と為すべし、凡そ廃井は、課悉く之を除き、新井は其の開鑿を許し、開成の日は課を免じ、三年後に方に徴収すれば、則ち民の困は蘇すべくして利も亦興らん。若し山課多くして、一時に尽くは蠲く能わざれば、宜しく査出して別に一籍と為し、恩典有れば先に及ぼし、或いは緩徴し、或いは対支し、徐に新漲の田を査して、即ち漸く補い扣せよ。数年の後、其れ庶幾からんか」と。洪武二十八年を査するに、戸部は節して太祖の聖旨を奉ず、「山東・河南の民人、已に入額せる田地を除きて旧に照らして徴するの外、新開荒の田地は、多少を問わず、永遠に起科すること要する莫し。気力有る者は尽く他の種うるに任せよ」と。按ずるに、此れ各辺の屯田の法と為すべし。
現代語訳
黄河が南に流路を移し、民は泥地を耕して収穫を得た。議論する者は、畝ごとに税をかけようとした。御史の高明は反対して言った。「黄河の流路は定まりません。税額を改めなければ、平地が突然また大水に覆われても、通常の税は古い台帳どおりに課されます。民はどうして耐えられましょう」。議案は取り下げられた。〔馮夢龍の評〕いつも見るが、長江沿いの村では、江田の税を割り当てて賠償させられて苦しんでいる。砂が堆積して田になったとき、役人は課税を手柄として喜ぶが、後で税を減らすのが難しいことを知らない。四川の塩井も同様である。陳於陛の『意見』にはこうある。「井戸があって初めて税がかかる。古い井戸が崩れても、上級官庁は税を除くことを認めず、民の負担はひどく、新しい井戸も掘ろうとしない。法を定めるべきである。廃井はすべて税を除き、新井は掘ることを許し、完成した日は税を免じ、三年後に徴収すれば、民の困窮は和らぎ、利益も興る。もし山の税が多く、一度に全部除けないなら、調べ出して別の台帳にまとめ、恩典があればまずそこに及ぼし、あるいは徴収を猶予し、あるいは相殺する。ゆっくり新しく増えた田を調べ、少しずつ補填すればよい。数年後には実現するだろう」。洪武二十八年を調べると、戸部は太祖の詔を受けた。「山東・河南の民のうち、すでに台帳に載っている田地は従来どおり徴収するほか、新しく開墾した田地は、多少を問わず永遠に課税しない。力のある者は自由に耕させよ」。これは各辺境の屯田の法に応用できる。
解説
この章句が説くこと
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三略・中略故に聖王の世を御するや、盛衰を観、得失を度りて、之が制を為す。故に諸侯は二師、方伯は三師、天子は六師なり。世乱るれば則ち叛逆生じ、王沢竭くれば則ち盟誓相ひ誅伐す。
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尉繚子・制談凡そ兵制は必ず先ず制を定む、先ず定まれば則ち士亂れず、士亂れざれば則ち刑乃ち明らかなり。
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