智囊 / 遠猶・李泌
貞元中,咸陽人上言見白起,令奏云:「請為國家捍御西陲,正月吐蕃必大下。」既而吐蕃果入寇,敗去。德宗以為信然,欲於京城立廟,贈起為司徒。李泌曰:「臣聞『國將興,聽於人』。今將帥立功,而陛下褒賞白起,臣恐邊將解體矣。且立廟京師,盛為禱祝,流傳四方,將召巫風。臣聞杜郵有舊祠,請敕府縣修葺,則不至驚人耳目。」上從之。
新字:貞元中,咸陽人上言見白起,令奏云:「請為国家捍御西陲,正月吐蕃必大下。」既而吐蕃果入寇,敗去。徳宗以為信然,欲於京城立廟,贈起為司徒。李泌曰:「臣聞『国将興,聴於人』。今将帥立功,而陛下褒賞白起,臣恐辺将解体矣。且立廟京師,盛為祷祝,流伝四方,将召巫風。臣聞杜郵有旧祠,請勅府県修葺,則不至驚人耳目。」上従之。
書き下し
貞元中、咸陽の人、白起を見たりと上言し、奏せしめて云う、「請う、国家の為に西陲を捍御せん。正月に吐蕃必ず大いに下らん」と。既にして吐蕃は果たして入寇し、敗れ去る。徳宗は以て信然と為し、京城に廟を立て、起を贈りて司徒と為さんと欲す。李泌曰く、「臣聞く、『国将に興らんとすれば、人に聴く』と。今、将帥は功を立てしに、陛下は白起を褒賞す。臣は辺将の解体するを恐る。且つ廟を京師に立て、盛んに禱祝を為さば、四方に流伝し、将に巫風を召かんとす。臣聞く、杜郵に旧祠有り。請う、府県に敕して修葺せしめば、則ち人の耳目を驚かすに至らず」と。上は之に従う。
現代語訳
貞元年間、咸陽のある人が、白起(戦国秦の将軍の霊)に会ったと上言し、こう奏上させました。「国家のために西の辺境を守りたいと願っています。正月に吐蕃が必ず大挙して攻めてくるでしょう。」やがて吐蕃は本当に侵入し、敗れて去りました。徳宗はこれを本当のことと信じ、京城に廟を建て、白起に司徒の位を追贈しようとしました。李泌は言いました。「私は聞いております。『国が興ろうとするときは、人の意見に耳を傾ける』と。いま将帥たちは功を立てたのに、陛下は白起を褒賞なさっています。私は辺境の将たちの気持ちが離れることを恐れます。さらに京師に廟を建てて盛大に祈れば、四方に伝わり、巫女や祈祷に頼る風潮を招きます。私は、杜郵にもとの祠があると聞いています。どうか府県に命じて、これを修理させてください。それなら人々の耳目を驚かすことにはなりません。」皇帝はこれに従いました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『智囊』億中・李泌・李絳徳宗の時、陝虢の都知兵馬使達奚抱暉、節度使張勧を鴆殺し、代わりて軍務を総べ、旌節を邀求し、且つ陰かに李懐光の将達奚小俊を召して援と為す。上、泌を以て陝虢都防禦水陸運使と為し、神策軍を以て之を送らんと欲す。対えて曰く、「陝城の人は、敢えて命に逆らわず、此れ特だ抱暉の悪を為すのみ。若し大兵を以て之に臨まば、彼は壁を閉ざして定まらん。三面は懸絶して、未だ歳月を以て下すべからず。臣、請う単騎を以て入らん」と。上曰く、「朕、方に卿を用いんとす、当に更に他人をして往かしむべし」と。対えて曰く、「他人は必ず入る能わず。今、事変の初めにして、衆心未だ定まらず、故に其の不意に出でて、其の奸謀を奪うべし。他人は猶豫遷延し、彼の謀成らば、則ち前むを得ず」と。上之を許す。泌、陝州の進奏官及び将吏の長安に在る者に見え、之に語りて曰く、「主上は陝・虢の飢うるを以て、故に泌に節を授けずして運使を領せしめ、江淮の米を督して以て之を賑わしめんと欲するのみ。陝州の行営は夏県に在り、若し抱暉用うべくんば、当に将たらしむべし。将、功有らば、則ち旌節を賜わん」と。覘う者馳せて以て抱暉に告げ、稍や用いて自ら安んず。泌、具さに以て上に白して曰く、「其の士卒をして米を思わしめ、抱暉をして節を思わしめば、必ず臣を害せざらん」と。泌、潼関を出で、曲沃に宿し、将佐皆来り迎う。城を去ること十五里、抱暉も亦た出でて謁す。泌、其の事を摂し城を保つの功を称して曰く、「軍中の煩言は、意に介するに足らず、公等の職事は、皆安堵すること故の如し」と。
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『智囊』經務・李泌武后より以来、承平日に久しく、武備漸く弛む。開元の末、張説始めて長徴兵を募り、之を弓広騎と謂い、其の後益す六軍と為る。李林甫の相たるに及び、諸軍は皆な人を募りて之を為し、兵は土着せず、又宗族無く、自ら重惜せず、禍乱遂に生ず。徳宗、李泌と議し、旧制に復せんと欲す。泌対えて曰く、「今歳関東の卒を徴して京西を戍る者十七万人、粟二百四万斛を計る。国家比ごろ飢乱に遭い、経費充たず、未だ府兵を復するに暇あらず」と。上曰く、「亟かに戍卒を減じ、之を帰さば、如何」と。対えて曰く、「陛下誠に能く臣の言を用いば、戍卒を減ぜず、百姓を擾さずして、糧食皆な足り、粟麦日に賤く、府兵も亦た成るべし」と。上曰く、「果たして能く是の如きか」と。対えて曰く、「此れ須らく急ぎて之を為すべし。旬月を過ぐれば及ばず。今、吐蕃久しく原、蘭の間に居り、牛を以て糧を運ぶ。糧尽くれば、牛用うる所無し。請う、左蔵の悪繒を発し、染めて采纈と為し、党項に因りて之を市わしめん。毎頭二三匹、十八万匹を計り、六万余頭を致すべし。又諸冶に命じて農器を鋳せしめ、麦種を糴し、分かちて縁辺の軍鎮に賜い、戍卒を募りて荒田を耕して之を種えしめん。明年の麦熟するを約し、倍して其の種を償い、其の余は時価に拠りて五分に一を増し、官は為に糴して貯え、来春の種禾も亦た之の如くせん。
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『智囊』億中・李泌・李絳既にして田懐諫は幼弱にして、軍政は皆家僮蔣士則に決し、愛憎を以て諸将を移易す。衆皆憤怒す。田興、晨に府に入るに、士卒数千人大いに噪ぎ、興を環りて拝し、請いて留後と為す。興驚きて地に仆れ、久しくして、免れざるを度り、乃ち衆に謂いて曰く、「汝ら肯えて吾が言を聴くか。副大使を犯すこと勿かれ、朝廷の法令を守り、版籍を申べ、官吏を請え、然る後に可なり」と。皆曰く、「諾」と。興乃ち蔣士則ら十餘人を殺し、懐諫を外に遷す。冬十月、魏博の監軍、状を以て聞す。上、亟かに宰相に詔し、李絳に謂いて曰く、「卿の魏博を揣ること符契の若し」と。李吉甫、中使を遣わして宣慰して以て其の変を観んことを請う。李絳曰く、「不可なり。今、田興は其の土地兵衆を奉じ、坐して詔命を待つ。此の際に乗じて心を推して撫納し、結ぶに大恩を以てせず、必ず敕使の彼に至り、将士の表を待ちて為に節鉞を請うを来らしめ、然る後に之を与えば、則ち是れ恩は下より出で、上より出でず、将士は重く、朝廷は軽くなる」と。上乃ち興を以て魏博節度使と為す。
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『智囊』億中・李晟唐の徳宗の時、吐蕃の尚結賛、和を請い、渾瑊を会盟使と為さんと欲し、謬りて曰く、「渾侍中の信厚は異域に聞こゆ、必ず盟を主らしめよ」と。瑊、長安を発するに、李晟深く之を戒め、盟の為す所に備え厳にせざるべからずと以てす。張延賞、上に言いて曰く、「晟は盟好の成るを欲せず、故に瑊を戒むるに厳備を以てす。我に彼を疑う形有らば、則ち彼も亦た我を疑わん、盟何に由りて成らん」と。上乃ち瑊を召し、戒むるに「誠を推して虜を待し、猜疑を為すこと勿かれ」を以てす。已にして瑊奏す、「吐蕃は辛未を以て盟すと決す」と。延賞、百官を集め、瑊の表を以て之に示す。晟、私かに泣きて曰く、「吾は西陲に生長し、備さに虜情を諳んず。論奏する所以は、但だ朝廷の犬戎に侮らるるを恥ずるのみ」と。将に盟せんとするに、吐蕃は精騎数万を壇西に伏せ、瑊らは皆知らず、幕に入りて礼服に易うるに、虜は鼓を伐つこと三声して、大いに噪ぎて至る。瑊、幕後より出で、偶たま他馬を得て之に乗る、唐の将卒は皆東に走る。虜、兵を縦ちて追撃し、或いは殺し或いは擒にす。是の日、上、諸相に謂いて曰く、「今日、戎に和し兵を息む、社稷の福なり」と。馬燧曰く、「然り」と。柳渾曰く、「戎狄は豺狼なり、盟誓の結ぶべきに非ず。今日の事、臣竊かに之を憂う」と。李晟曰く、「誠に渾の言の如し」と。上、色を変えて曰く、「柳渾は書生なり、辺計を知らず。大臣も亦た此の言を為すか」と。皆伏して地に頓首して謝し、因りて朝を罷む。是の日、虜は盟信を劫して至る。上、大いに驚き、明日、渾に謂いて曰く、「卿は書生なるに、乃ち能く敵を料ること此くの如く審らかなるか」と。
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『智囊』剖疑・張說・李泌向使い楊素、許敬宗、李林甫の徒、此の旨を承けなば、已に舒王に就きて定策の功を図らん」と。上曰く、「卿の為に遷延して明日に至りて之を思わん」と。泌、笏を抽きて叩頭し泣きて曰く、「此くの如くんば、臣、陛下の父子慈孝の初めの如きを知るなり。然れども陛下、宮に還らば当に自ら審らかにし、此の意を左右に露わすこと勿かるべし。之を露わせば、則ち彼ら皆な舒王に功を樹てん。太子、危うし」と。上曰く、「具さに卿の意を暁れり」と。間日、上、延英殿を開き、独り泌を召し、流涕闌干として、其の背を撫でて曰く、「卿の切言に非ざれば、朕、今、悔ゆるとも及ぶ無けん。太子は仁孝にして、実に他無きなり」と。泌、拝賀し、因りて骸骨を乞う。〔馮述評〕鄴侯、広平を保全し、及び徳宗に回紇と和親せんことを勧むるは、皆な回天の力を顕す。独り郜国の一事は、患いを微かなるに杜ぎ、宛転激切にして、猜主をして信ぜざるを得ざらしめ、悍主をして柔ならざるを得ざらしむ。真に万世納忠の法なり。
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