智囊 / 遠猶・王叔文
王叔文以棋侍太子。嘗論政至宮市之失,太子曰:「寡人方欲諫之。」眾皆稱贊,叔文獨無言。既退,獨留叔文,問其故。對曰:「太子職當侍膳問安,不宜言外事。陛下在位久,如疑太子收人心,何以自解?」太子大驚,因泣曰:「非先生,寡人何以知此?」遂大愛幸。〔馮述評〕叔文固憸險小人,此論自正。
新字:王叔文以棋侍太子。嘗論政至宮市之失,太子曰:「寡人方欲諫之。」衆皆称賛,叔文独無言。既退,独留叔文,問其故。対曰:「太子職当侍膳問安,不宜言外事。陛下在位久,如疑太子収人心,何以自解?」太子大驚,因泣曰:「非先生,寡人何以知此?」遂大愛幸。〔馮述評〕叔文固憸険小人,此論自正。
書き下し
王叔文、棋を以て太子に侍す。嘗て政を論じて宮市の失に至る。太子曰く、「寡人、方に之を諫めんと欲す」と。衆は皆な称賛するも、叔文は独り言無し。既に退き、独り叔文を留め、其の故を問う。対えて曰く、「太子の職は当に膳に侍し安を問うべし。宜しく外事を言うべからず。陛下の位に在ること久し、如し太子の人心を収むるを疑わば、何を以て自ら解かん」と。太子は大いに驚き、因りて泣きて曰く、「先生に非ずんば、寡人何を以て此れを知らん」と。遂に大いに愛幸す。〔馮述評〕叔文は固より憸険の小人なり。此の論は自ずから正し。
現代語訳
王叔文は囲碁の腕で太子(のちの順宗)に仕えていました。あるとき政治を論じて、宮市(宮中による市での買い上げ)の弊害に話が及びました。太子は言いました。「わたしは、ちょうどこれを諫めようと考えているところだ。」居合わせた者たちはみな称賛しましたが、叔文だけは何も言いませんでした。皆が退出したあと、太子は叔文だけを残し、その理由を尋ねました。叔文は答えました。「太子のお務めは、食事に侍り、ご機嫌を伺うことです。外の政治を口にしてはなりません。陛下(皇帝)が長く在位しておられる今、もし太子が人心を集めようとしているのではないかと疑われたら、どのように自ら釈明されますか。」太子は大いに驚き、泣いて言いました。「先生でなければ、わたしはこのことを知ることができなかった。」こうして叔文を大いに寵愛しました。〔馮夢龍の評〕叔文は本来、陰険な小人ですが、この議論は自然と正しいものです。
解説
この章句が説くこと
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