智囊 / 見大・季本
季本初仕,為建寧府推官。值宸濠反江西,王文成公方發兵討之。而建有分水關,自江入閩道也。本請於所司,身往守之。會巡按御史某以科場事,檄郡守與本並入。守以書趣本,本復書曰:「建寧所恃者,唯吾兩人。兵家事在呼吸,而科場往返動計四旬。今江西勝負未可知,土寇生發叵測。微吾二人,其誰與守?即幸而無事,當此之際,使試錄列吾兩人名,傳播遠邇,將以為不知所重,貽笑多矣。拒違按院之命,孰與誤國家事哉!」守深服其言,竟不往。〔馮述評〕科場美事,人方爭而得之,誰肯捨甘就苦?選事避難,睹此當愧汗矣!
新字:季本初仕,為建寧府推官。値宸濠反江西,王文成公方発兵討之。而建有分水関,自江入閩道也。本請於所司,身往守之。会巡按御史某以科場事,檄郡守与本並入。守以書趣本,本復書曰:「建寧所恃者,唯吾両人。兵家事在呼吸,而科場往返動計四旬。今江西勝負未可知,土寇生発叵測。微吾二人,其誰与守?即幸而無事,当此之際,使試録列吾両人名,伝播遠邇,将以為不知所重,貽笑多矣。拒違按院之命,孰与誤国家事哉!」守深服其言,竟不往。〔馮述評〕科場美事,人方争而得之,誰肯捨甘就苦?選事避難,睹此当愧汗矣!
書き下し
季本、初めて仕えて、建寧府の推官と為る。宸濠の江西に反するに値い、王文成公は方に兵を発してこれを討つ。而して建に分水関有り、江より閩に入る道なり。本は所司に請い、身往きてこれを守らんとす。会たま巡按御史某、科場の事を以て、郡守と本とに檄して並びに入らしむ。守は書を以て本を趣す。本は書を復して曰く、「建寧の恃む所は、唯だ吾が両人のみ。兵家の事は呼吸に在り、而るに科場の往返は動もすれば四旬を計る。今、江西の勝負は未だ知るべからず、土寇の生発も測り叵し。吾が二人微くんば、其れ誰か与に守らん。即ち幸いにして事無きも、此の際に当たり、試録をして吾が両人の名を列ね、遠邇に伝播せしめば、将に以て重んずる所を知らずと為し、笑いを貽すこと多からん。按院の命を拒違するは、国家の事を誤るに孰与れぞ」と。守は深く其の言に服し、竟に往かず。〔馮述評〕科場は美事にして、人は方に争いて之を得んとす。誰か肯えて甘きを捨てて苦に就かん。事を選び難を避くる者、此れを睹て当に愧汗すべし。
現代語訳
季本は最初に官に就いたとき、建寧府の推官でした。ちょうど寧王の宸濠が江西で反乱を起こし、王陽明(文成公)が兵を出して討伐しているところでした。建寧には分水関があり、江西から福建に入る道に当たります。季本は上司に願い出て、自分で行ってこれを守ろうとしました。ところが巡按御史がある科挙の試験事務のために、知府と季本の両方に命じて一緒に入るよう通知しました。知府は書簡で季本を急がせました。季本は返書して言いました。「建寧が頼みとするのは、ただ私たち二人だけです。軍事は一呼吸の間にかかっていますが、試験の往復は四十日もかかります。いま江西の勝敗はまだ分からず、土着の賊が発生するかも予測できません。私たち二人がいなければ、誰が一緒に守るでしょう。たとえ幸い何事もなかったとしても、このような時に、試録に私たち二人の名が並び、遠近に伝わったならば、重んじるべきものを知らないと思われ、笑いものになるでしょう。巡按の命令に背くことと、国家の事を誤ることと、どちらが重いでしょうか。」知府は深くその言葉に納得し、結局行きませんでした。〔馮夢龍の評〕科挙の試験官は名誉な役で、人々は争ってその地位を得ようとします。誰が好んで甘い話を捨てて苦しい務めにつくでしょうか。仕事を選び、困難を避ける者は、これを見て恥じ入り冷や汗をかくべきです。
解説
この章句が説くこと
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孟子・告子章句上孟子曰く、「人の身に於けるや、愛する所を兼ぬ。愛する所を兼ぬれば、則ち養う所を兼ぬ。無尺寸の膚も愛せざること無ければ、則ち尺寸の膚も養わざること無きなり。其の善不善を考うる所以の者は、豈に他有らんや。己に於て之を取るのみ。體に貴賤有り、小大有り。小を以て大を害すること無く、賤を以て貴を害すること無かれ。其の小を養う者は小人為り、其の大を養う者は大人為り。今場師有り。其の梧檟(ゴ・カ)を舎てて、其の樲棘(ジ・キョク)を養わば、則ち賤場師と為さん。其の一指を養いて、而も其の肩背を失いて知らざれば、則ち狼疾人と為さん。飲食の人は、則ち人之を賤む。其の小を養いて以て大を失うが為なり。飲食の人も失うこと有る無ければ、則ち口腹豈に適だ尺寸の膚の為のみならんや。」
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言志四録・言志後録 第十五条 今日学ばずして来日有りと謂ふ勿れ凡そ人の宜しく急に做すべき所の者は、肯へて急に做さず、必ずしも急に做さざるべき者は、卻って急に做さんと要す。皆錯慮なり。斯の学の如きは、即ち当下の事、即ち急務実用の事なり。今日学ばずして来日有りと謂ふ勿れ。讌を張り客を会し、山に登り湖に泛ぶが如き、凡そ意に適ふ游観の事は、則ち宜しく今日為さずとも猶ほ来日有りと謂ひて可なり。
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孟子・告子章句上孟子曰く、「今、無名の指、屈して信びざる有り。疾痛して事に害あるに非ざるなり。如し能く之を信ばす者有れば、則ち秦楚の路をも遠しとせず。指の人に若かざるが為なり。指の人に若かざるは、則ち之を惡むことを知る。心の人に若かざるは、則ち惡むことを知らず。此を之れ類を知らずと謂うなり。」
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論語・顔淵篇子貢、政を問う。子曰く、「食を足し、兵を足し、民之を信ず。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の三者に於いて何をか先にせん。」曰く、「兵を去らん。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於いて何をか先にせん。」曰く、「食を去らん。古より皆死有り、民信無くんば立たず。」
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論語・郷党篇廄焚けたり。子、朝より退きて曰く、「人を傷つけたるか。」馬を問わず。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「知者は知らざること無きなり。當に務むべきを之れ急と為す。仁者は愛せざること無きなり。賢を親しむを急にするを之れ務と為す。堯舜の知にして物に遍からざるは、先務を急にすればなり。堯舜の仁にして人を愛するに遍らざるは、賢を親しむを急にすればなり。三年の喪を能くせずして、緦(シ)・小功を之れ察し、放飯・流歠(セツ)して、齒決すること無きを問う、是を之れ務めを知らずと謂う。」
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