師導古典を学びたいすべての人に

説苑 / 貴德

趙簡子春築臺於邯鄲,天雨而不息,謂左右曰:「可無趨種乎?」尹鐸對曰:「公事急,厝種而懸之臺;夫雖欲趨種,不能得也。」簡子惕然,乃釋臺罷役曰:「我以臺為急,不如民之急也,民以不為臺,故知吾之愛也。」

新字:趙簡子春築台於邯鄲,天雨而不息,謂左右曰:「可無趨種乎?」尹鐸対曰:「公事急,厝種而懸之台;夫雖欲趨種,不能得也。」簡子惕然,乃釈台罷役曰:「我以台為急,不如民之急也,民以不為台,故知吾之愛也。」

書き下し

趙簡子春臺を邯鄲に築く、天雨ふりて息まず、左右に謂ひて曰く、「種を趨むる無かるべきか」と。尹鐸対へて曰く、「公事急なれば、種を厝きて臺に懸く、夫れ種を趨めんと欲すと雖も、得る能はざるなり」と。簡子惕然として、乃ち臺を釈きて役を罷めて曰く、「我臺を以て急と為すも、民の急に如かず、民臺を為さざるを以て、故に吾が愛を知らん」と。

現代語訳

趙簡子が邯鄲に春の高台を築こうとした。雨が降り続いてやまなかったが、そばの者に「種まきを急がせなくてよいものか」と尋ねた。尹鐸は答えた、「公の御用が急ぎとなれば、種は放り出されて高台の造営に人手が取られてしまいます。いくら種まきを急がせようとしても、できるはずがありません」と。簡子はハッとして恐れ入り、高台の造営を取りやめて言った、「私は高台の造営を急務だと思っていたが、民にとっての農時の急務には及ばない。民が高台のために苦しめられずに済むことで、私の思いやりを知ってくれるだろう」と。

解説

為政者が自らの計画の優先順位を、雨天という些細な出来事をきっかけに問い直す過程が描かれる。趙簡子は当初、高台造営を「急務」と認識していたが、尹鐸の一言で、それが民の種まきという生活の急務と衝突していることに気づき、即座に翻意する。ここで重要なのは、単に工事を中止しただけでなく、「民は工事がないことによって私の愛情を知るだろう」と述べている点である。つまり、リーダーの思いやりは言葉で説明するものではなく、日々の意思決定の優先順位そのものによって伝わるという認識である。現場の繁忙期にトップが自分の計画を引っ込める判断ができるかどうかは、組織における信頼構築の試金石となる。

この章句が説くこと

優先順位思いやり即応

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる