智囊 / 見大・胡濚
正統中,宗伯胡濚一日早朝承旨,跪起,帶解落地,從容拾繫之,遂叩頭還班,御史亦不能糾。十三年,彭鳴中狀元,當上表謝恩之夕,坐以待旦,至四鼓,乃隱几而寤,竟失朝。糾儀御史奏,令錦衣衛拿。已奉旨,胡公出班奏:「狀元彭鳴不到,合著錦衣衛尋。」上是之,不然,一新狀元遂被拘執如囚人,斯文不雅觀。老成舉措,自得大體。
新字:正統中,宗伯胡濚一日早朝承旨,跪起,帯解落地,従容拾繋之,遂叩頭還班,御史亦不能糾。十三年,彭鳴中状元,当上表謝恩之夕,坐以待旦,至四鼓,乃隠几而寤,竟失朝。糾儀御史奏,令錦衣衛拿。已奉旨,胡公出班奏:「状元彭鳴不到,合著錦衣衛尋。」上是之,不然,一新状元遂被拘執如囚人,斯文不雅観。老成舉措,自得大体。
書き下し
正統中、宗伯の胡濙、一日、早朝して旨を承け、跪き起つに、帯解けて地に落つ。従容としてこれを拾い繫ぎ、遂に叩頭して班に還る。御史も亦た糾す能わず。十三年、彭鳴、状元に中る。当に表を上りて恩を謝すべきの夕、坐して以て旦を待ち、四鼓に至りて、乃ち几に隠れて寤め、竟に朝を失す。糾儀の御史は奏して、錦衣衛に令して拿えしむ。已に旨を奉ず。胡公は班を出でて奏す、「状元彭鳴到らず。合に錦衣衛をして尋ねしむべし」と。上はこれを是とす。然らずんば、一新状元、遂に拘執されて囚人の如くならん。斯文雅観ならず。老成の挙措は、自ずから大体を得たり。
現代語訳
正統年間のこと、礼部尚書の胡濙が、ある朝、早朝の朝会で勅命を受けようとして、ひざまずき立ち上がったとき、帯がほどけて地に落ちました。胡濙は落ち着いてこれを拾って結び直し、それから叩頭して列に戻りました。御史もそれを咎めることができませんでした。正統十三年、彭鳴が状元(首席合格者)になりました。表を奉って恩を謝す儀式の前夜、座って夜明けを待っていましたが、午前二時ごろ、机にもたれて眠ってしまい、朝廷への参上を逃してしまいました。儀礼を監督する御史は、錦衣衛に命じて捕らえさせるよう上奏しました。すでに勅旨が出ましたが、胡公が列から出て奏上しました。「状元の彭鳴が来ていないとのこと。錦衣衛に探させるべきです。」皇帝はそれをもっともだと認めました。そうでなければ、新任の状元がたちまち拘束されて囚人のように扱われ、学問を重んずる体面にふさわしくありません。老練な人の振る舞いは、おのずと大局をつかんでいます。
解説
この章句が説くこと
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