智囊 / 識斷・辛企李
辛參政企李守福州。有主管應天啟運宮內臣武師說,平日群中待之與監司等。企李初視事,謁入,謂客將曰:「此特監璫耳,待以通判,已為過禮。」乃令與通判同見。明日,郡官朝拜神御,企李病足,必扶掖乃能拜。既入,至庭下,師說忽叱候卒退,曰:「此神御殿也。」企李不為動,顧卒曰:「但扶,自當具奏。」雍容終禮。既退,遂自劾待罪。朝廷為降師說為泉州兵官云。
新字:辛参政企李守福州。有主管応天啓運宮内臣武師説,平日群中待之与監司等。企李初視事,謁入,謂客将曰:「此特監璫耳,待以通判,已為過礼。」乃令与通判同見。明日,郡官朝拝神御,企李病足,必扶掖乃能拝。既入,至庭下,師説忽叱候卒退,曰:「此神御殿也。」企李不為動,顧卒曰:「但扶,自当具奏。」雍容終礼。既退,遂自劾待罪。朝廷為降師説為泉州兵官云。
書き下し
辛参政企李、福州を守る。主管応天啓運宮の内臣・武師説有り、平日群中にて之を待つこと監司と等し。企李、初めて事を視し、謁入す。客将に謂いて曰く、「此れ特だ監璫のみ。待つに通判を以てするも、已に過礼たり」と。乃ち通判と同に見えしむ。明日、郡官、神御を朝拝す。企李、足を病み、必ず扶掖されて乃ち拝す。既に入り、庭下に至る。師説、忽ち候卒を叱して退かしめて曰く、「此れ神御殿なり」と。企李動かず、卒を顧みて曰く、「但だ扶けよ。自ら当に具奏すべし」と。雍容として礼を終う。既に退き、遂に自ら劾して罪を待つ。朝廷、為に師説を降して泉州兵官と為すと云う。
現代語訳
参政の辛企李が福州の長官であったときのことです。応天啓運宮を管理する宦官の武師説がおり、平素は仲間内で監司と同等に扱われていました。辛企李は初めて政務を執るとき、挨拶に来た武師説の件で、取り次ぎの将に言いました。「これはただの宦官である。通判と同じ扱いでも、すでに礼を過ぎている。」そこで通判とともに面会させました。翌日、郡の官僚たちが神御殿を拝礼しました。辛企李は足を病んでおり、助けられなければ拝礼できませんでした。入って庭の下に着くと、武師説が突然、付き添いの兵を叱って退かせて言いました。「ここは神御殿である。」辛企李は動じず、兵を顧みて言いました。「ただ支えよ。自分で上奏するから。」ゆったりと礼を終えました。退出すると、自ら弾劾して処分を待ちました。朝廷は武師説を降格して泉州の兵官にしたと言います。
解説
この章句が説くこと
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『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
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『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
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『慎思録』巻之六燕居独坐と雖も、箕踞すべからず。人無きの時と雖も、須らく人有るが如くすべし。跛倚側坐すべからず。飲食の約に赴くには、亦須らく期に先だちて速やかに至るべし。遅慢にして期に後れ、主人をして望望然たらしむるは宜しからず。神を拝するに合掌すべからず。合掌して三拝する者は、西域の人の仏を拝するの礼なり。中華の礼は再拝と為す。本朝の礼も亦再拝なり。中華の後世に四拝の礼有り。再拝を重ぬる所以なり。
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荀子・賦篇爰(ここ)に大物(たいぶつ)有り、絲(いと)に非ず帛(きぬ)に非ざるも、文理(ぶんり)章(あや)を成す。日に非ず月に非ざるも、天下の明(めい)と為る。生ける者は以て壽(いのちなが)く、死せる者は以て葬らる。城郭は以て固く、三軍は以て強し。粹(すい)なれば王たり、駁(はく)なれば伯(は)たり、一(いつ)も焉(これ)無ければ亡(ほろ)ぶ。臣愚にして識(し)らず、敢えて之を王に請(と)う。王曰く、此れ夫(か)の文(かざり)ありて采(あや)ならざる者か。簡然(かんぜん)として知り易(やす)くして、致(きわ)めて理(り)有る者か。君子の敬する所にして、小人の不(せざ)る所の者か。性(せい)之を得ざれば則ち禽獸(きんじゅう)の若(ごと)く、性之を得れば則ち甚だ雅(が)に似たる者か。匹夫(ひっぷ)之を隆(たっと)べば則ち聖人と為り、諸侯之を隆べば則ち四海を一にする者か。致(きわ)めて明らかにして約(やく)、甚だ順(じゅん)にして體(たい)あり、請(こ)う之を禮に歸せん。禮なり。
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