智囊 / 見大・孫覺
孫莘老覺知福州,時民有欠市易錢者,繫獄甚眾。適有富人出錢五百萬葺佛殿,請於莘老。莘老徐曰:「汝輩所以施錢,何也?」眾曰:「願得福耳。」莘老曰:「佛殿未甚壞,又無露坐者,孰若以錢為獄囚償官,使數百人釋枷鎖之苦,其獲福豈不多乎?」富人不得已,諾之,即日輸官,囹圄遂空。
新字:孫莘老覚知福州,時民有欠市易銭者,繋獄甚衆。適有富人出銭五百万葺仏殿,請於莘老。莘老徐曰:「汝輩所以施銭,何也?」衆曰:「願得福耳。」莘老曰:「仏殿未甚壊,又無露坐者,孰若以銭為獄囚償官,使数百人釈枷鎖之苦,其獲福豈不多乎?」富人不得已,諾之,即日輸官,囹圄遂空。
書き下し
孫莘老覚、福州に知たり。時に民の市易の銭を欠く者、獄に繫がるること甚だ衆し。適たま富人の銭五百万を出して仏殿を葺かんとする有り、莘老に請う。莘老徐ろに曰く、「汝が輩の銭を施す所以は何ぞや」と。衆曰く、「福を得んことを願うのみ」と。莘老曰く、「仏殿は未だ甚だしくは壊れず、又た露坐する者無し。孰与ぞ、銭を以て獄囚の為に官に償い、数百人をして枷鎖の苦を釈かしめんには。その福を獲ること、豈に多からずや」と。富人は已むを得ず、これを諾し、即日官に輸し、囹圄は遂に空し。
現代語訳
孫覚(字は莘老)が福州の知事だったとき、市易(官の貸付)の銭を滞納した民が、たいへん多く獄に繋がれていました。ちょうど裕福な人が銭五百万を出して仏殿を修理しようと考え、孫覚に願い出ました。孫覚はゆっくりと言いました。「あなた方が金を施すのは、なぜですか。」人々は言いました。「福を得たいと願うだけです。」孫覚は言いました。「仏殿はそれほど傷んでおらず、露天で座っている者もいません。その金で獄中の囚人のために官に返済し、数百人を枷や鎖の苦しみから解放するのと、どちらがよいでしょう。得られる福はずっと大きいのではありませんか。」富人はやむを得ず承知し、その日のうちに官に納めて、牢獄は空になりました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』襄公十年 偪陽の戦い十年春、柤(さ)に會す。吳子壽夢に會するなり。三月癸丑、齊の高厚、大子光を相(たす)けて、以て先づ諸侯に鍾離に會するに、敬まず。士莊子曰く、「高子、大子を相けて以て諸侯に會す。將に社稷を是れ衛らんとするに、皆敬まず。社稷を棄つるなり。其れ將に免れざらんか」と。夏四月戊午、柤に會す。晉の荀偃・士匄、偪陽(ひつやう)を伐ちて宋の向戌を封ぜんことを請ふ。荀罃曰く、「城小にして固し。之に勝つも武ならず、勝たずんば笑ひと為らん」と。固く請ふ。丙寅、之を圍む。克たず。孟氏の臣秦堇父(しんきんぽ)、重を輦(ひ)きて役に如く。偪陽人、門を啟く。諸侯の士、門す。縣門發す。郰人(すうひと)紇(こつ)、之を抉(かか)げて、以て門に入りし者を出だす。狄虒彌(てきしび)、大車の輪を建てて、之を蒙ふに甲を以てし、以て櫓と為し、左に之を執り、右に戟を拔きて、以て一隊を成す。孟獻子曰く、「詩に所謂『力有ること虎の如し』といふ者なり」と。主人、布を縣く。堇父、之に登る。
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『墨子』辭過子墨子曰く、古の民、未だ宫を為るを知らざる時、陵阜に就きて以て居り、穴して處る。下、潤濕にして民を傷る。故に聖王、作りて宫室を為る。宫室を為るの法に曰く、髙さは以て潤濕を辟くるに足り、邊は以て風寒を圉ぐに足り、上は以て雪霜雨露を待つに足り、宫牆の髙さは、以て男女の禮を别つに足る。謹んで此に止まり、財を費やし力を勞して利を加えざる者は、為さざるなり。是の故に聖王の宫室を作り為るは、生に使するにして、以て觀樂を為さざるなり。衣服・帯履を作り為るは、身に便なるにして、以て辟怪を為さざるなり。故に身に節し、民に誨う。是を以て天下の民、得て治む可く、財用、得て足る可し。今の主に當たりては、其の宫室を為るや則ち此と異なれり。必ず厚く百姓に作斂し、暴かに民の衣食の財を奪いて、以て宫室・臺榭・曲直の望、青黄刻鏤の飾りを為る。宫室を為ること此くの若し。故に左右皆な之に法象す。是を以て其の財、以て凶饑を待ち孤寡を賑わすに足らず。故に國貧しくして民治め難きなり。君、實に天下の治を欲して其の亂を惡まば、當に宫室を為るは節せざる可からず。
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『墨子』節用中是の故に古者、聖王、制して節用の法を為りて曰く、「凡そ天下の羣百工、輪・車・鞼・匏・陶・冶・梓・匠は、各おの其の能くする所に從事せしむ」と。曰く、「凡そ以て民用に奉給するに足る諸れは、費を加えて民の利を加えざれば則ち止む」と。
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『墨子』節用中古者、聖王、制して衣服の法を為りて曰く、「冬は紺緅の衣を服て輕くして且つ暖かく、夏は絺綌の衣を服て輕くして且つ凊しければ、則ち諸を止む」と。費を加えて民の利に加えざる者は、聖王、為さず。
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『韓非子』南面第十八人主、人臣をして言はしむる者は、必ず其の端を知りて以て其の実を責む。言はざる者は、必ず其の取舎を問ひて以て之が責を為す。則ち人臣敢へて妄言すること莫く、又敢へて黙然たらず。言・黙則ち皆責有るなり。人主事を為さんと欲して、其の端末に通ぜずして、以て其の欲を明らかにすれば、之を為す者有るも、其の為すこと利を得ず、必ず害を以て反る。此れを知る者は、理に任じて欲を去る。事を挙ぐるに道有り。其の入ることの多く、其の出づることの少なきを計る者は、為すべきなり。惑主は然らず。其の入るを計りて、其の出づるを計らず。出づること其の入るに倍すと雖も、其の害を知らず。則ち是れ名得て実亡ぶ。是くの如き者は功小にして害大なり。凡そ功なる者は、其の入ること多く、其の出づること少なくして、乃ち功と謂ふべし。
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『商君書』徠民且つ周軍の勝、華軍の勝、長平の勝、秦の民を亡う所の者は幾何ぞ、民客の兵にして本を事とするを得ざる者は幾何ぞ。臣竊かに以て數うべからずと為すなり。假使し王の群臣に、能くこれを用うる有りて、此れの半ばを費やして、晉を弱め秦を強くすること、三戰の勝の若き者あらば、王は必ず大賞を加えん。今、臣の言う所は、民に一日の繇無く、官に數錢の費無くして、その晉を弱め秦を強くすること三戰の勝に過ぐる有り。而るに王は猶お以て不可と為さば、則ち臣愚にして知る能わざるのみ。
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