智囊 / 見大・嚴震
弘治間,昭慶寺欲建穿堂。察使訪得富戶三人,召之,諭以共建。長興呂山吳某與焉。吳曰:「此不甚費,小人當獨任之。」察使大喜。吳歸語其父,父曰:「兒子有這力量,必能承吾家。」此翁之見,與潯陽公同。
新字:弘治間,昭慶寺欲建穿堂。察使訪得富戸三人,召之,諭以共建。長興呂山呉某与焉。呉曰:「此不甚費,小人当独任之。」察使大喜。呉帰語其父,父曰:「児子有這力量,必能承吾家。」此翁之見,与潯陽公同。
書き下し
弘治の間、昭慶寺、穿堂を建てんと欲す。察使、富戸三人を訪ね得て、これを召し、共に建つるを諭す。長興の呂山の呉某、与る。呉曰く、「此は甚だしくは費えず。小人、当に独りこれを任ずべし」と。察使大いに喜ぶ。呉、帰りて其の父に語るに、父曰く、「児子に這の力量有り、必ず能く吾が家を承けん」と。此の翁の見は、潯陽公と同じ。
現代語訳
弘治年間のことです。昭慶寺が穿堂(渡り廊下のある堂)を建てようとしました。察使(監察の役人)は富裕な家三軒を探し出して呼び、共同で建てるよう言い聞かせました。長興の呂山の呉某もその一人でした。呉は言いました。「これはさほど費用がかかりません。私ひとりで引き受けましょう。」察使は大いに喜びました。呉が帰って父に話すと、父は言いました。「わが子にこれだけの度量があれば、きっと家を受け継げるだろう。」この老人の見識は、潯陽公と同じです。
解説
前の話の董尚書と同じく、出すべきときに惜しまない息子の度量を見て、家を継げると判断した父の話です。三軒で分担できる寄付を、呉は自分ひとりで引き受けました。ここで大切なのは金額よりも、場の期待に応える決断の早さと、損得を超えた姿勢だと読めます。父もまた、財を守る力より、使うべきときに使う力を後継者の資質として見ています。現代の管理職や経営者が後継者や部下を評価するときも、堅実さだけでなく、責任を引き受ける覚悟と大きく構える度量をどう見るかが問われます。短い話ですが、前の話と重ねて読むと意味が深まります。
この章句が説くこと
独りこれを任ず承吾家昭慶寺度量後継者決断
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