智囊 / 見大・楚莊王・袁盎
楚莊王宴群臣,命美人行酒。日暮,酒酣燭滅。有引美人衣者。美人援絕其冠纓,趣火視之。王曰:「奈何顯婦人之節,而辱士乎?」命曰:「今日與寡人飲,不絕纓者不歡。」群臣盡絕纓而火,極歡而罷。及圍鄭之役,有一臣常在前,五合五獲首,卻敵,卒得勝。詢之,則夜絕纓者也。盎先嘗為吳相時,盎有從史私盎侍兒。盎知之,弗泄。有人以言恐從史,從史亡。盎親追反之,竟以侍兒賜,遇之如故。景帝時,盎既入為太常,復使吳。吳王時謀反,欲殺盎,以五百人圍之,盎未覺也。會從史適為守盎校尉司馬,乃置二百石醇醪,盡飲五百人醉臥,輒夜引盎起,曰:「君可去矣,旦日王且斬君。」盎曰:「公何為者?」司馬曰:「故從史盜君侍兒者也。」於是盎驚脫去。〔馮述評〕梁之葛周、宋之種世衡,皆用此術克敵討叛。若張說免禍,可謂轉圜之福。兀術不殺小卒之妻,亦胡虜中之杰然者也。葛周嘗與所寵美姬同飲,有侍卒目視姬不輟,失答周問。既自覺,懼罪。周並不言。後與唐師戰,失利,周呼此卒奮勇破敵,竟以美姬妻之。
新字:楚荘王宴群臣,命美人行酒。日暮,酒酣燭滅。有引美人衣者。美人援絶其冠纓,趣火視之。王曰:「奈何顕婦人之節,而辱士乎?」命曰:「今日与寡人飲,不絶纓者不歓。」群臣尽絶纓而火,極歓而罷。及囲鄭之役,有一臣常在前,五合五獲首,却敵,卒得勝。詢之,則夜絶纓者也。盎先嘗為呉相時,盎有従史私盎侍児。盎知之,弗泄。有人以言恐従史,従史亡。盎親追反之,竟以侍児賜,遇之如故。景帝時,盎既入為太常,復使呉。呉王時謀反,欲殺盎,以五百人囲之,盎未覚也。会従史適為守盎校尉司馬,乃置二百石醇醪,尽飲五百人酔臥,輒夜引盎起,曰:「君可去矣,旦日王且斬君。」盎曰:「公何為者?」司馬曰:「故従史盗君侍児者也。」於是盎驚脱去。〔馮述評〕梁之葛周、宋之種世衡,皆用此術克敵討叛。若張説免禍,可謂転圜之福。兀術不殺小卒之妻,亦胡虜中之杰然者也。葛周嘗与所寵美姫同飲,有侍卒目視姫不輟,失答周問。既自覚,懼罪。周並不言。後与唐師戦,失利,周呼此卒奮勇破敵,竟以美姫妻之。
書き下し
楚の荘王、群臣に宴し、美人に命じて酒を行らしむ。日暮れ酒酣にして燭滅ゆ。美人の衣を引く者有り。美人は援きて其の冠纓を絶ち、趣に火もて之を視んことを請う。王曰く、奈何ぞ婦人の節を顕わして、士を辱めんや、と。命じて曰く、今日、寡人と飲みて纓を絶たざる者は歓せず、と。群臣は尽く纓を絶ちて火し、歓を極めて罷む。鄭を囲むの役に及び、一臣有りて常に前に在り、五合にして五たび首を獲、敵を却け、卒に勝つを得たり。之を詢うに、則ち夜に纓を絶ちし者なり。盎は先に嘗て呉の相たりし時、盎の従史に私かに盎の侍児に通ずる者有り。盎は之を知るも泄らさず。人の言を以て従史を恐かす有り、従史は亡ぐ。盎は親ら追いて之を反し、竟に侍児を以て賜い、之を遇すること故の如し。景帝の時、盎は既に入りて太常と為り、復た呉に使いす。呉王は時に反を謀り、盎を殺さんと欲し、五百人を以て之を囲むも、盎は未だ覚らざるなり。会たま従史は適たま盎を守る校尉司馬と為り、乃ち醇醪二百石を置き、五百人を尽く飲ましめて醉臥せしむ。輒ち夜に盎を引き起こして曰く、君は去るべし。旦日、王は且に君を斬らんとす、と。盎曰く、公は何為る者ぞ、と。司馬曰く、故の従史の君の侍児を盗みし者なり、と。是に於いて盎は驚きて脱し去る。〔馮述評〕梁の葛周、宋の種世衡は、皆な此の術を用いて敵を克ち叛を討つ。張説の禍を免れしが若きは、転円の福と謂うべし。兀術の小卒の妻を殺さざるは、亦た胡虜の中の杰然たる者なり。葛周は嘗て寵する所の美姫と同飲す。侍卒の姫を目視して輟まず、周の問いに答えを失う者有り。既に自ら覚り、罪を懼る。周は並びに言わず。後に唐の師と戦い、利を失う。周は此の卒を呼びて奮勇して敵を破らしめ、竟に美姫を以て之に妻わす。
現代語訳
楚の荘王が群臣に宴を開き、美人に命じて酒を注がせた。日が暮れて酒がまわったとき、灯火が消えた。美人の衣を引く者がいた。美人はその冠の纓を引きちぎり、王に火を灯してその者を見るよう求めた。王は言った。どうして婦人の節を明らかにするために士を辱めようか、と。そして命じた。今日は私と飲んで、纓を切らない者は楽しまなかったことにする、と。群臣はみな纓を切ってから灯を点け、存分に楽しんで終わった。鄭を囲む戦いになると、一人の臣下がいつも先頭に立ち、五度の交戦で五度首を取り、敵を退けて、ついに勝利を得た。その人を尋ねると、あの夜に纓を切られた者だった。袁盎は以前、呉の相であった時、盎の従者の書記が、ひそかに盎の侍女と通じていた。盎はそれを知っても漏らさなかった。ある人がそのことを言って従者を脅したので、従者は逃げた。盎は自ら追いかけて連れ戻し、結局侍女を与え、以前と同じように待遇した。景帝の時、盎はすでに中央に戻って太常となり、再び呉に使いした。呉王はその時、反乱を謀っており、盎を殺そうとして五百人で囲んだが、盎はまだ気づいていなかった。ちょうどその書記が盎を守る校尉司馬となっており、濃い酒二百石を用意して、五百人を皆酔い潰した。そして夜に盎を起こして言った。あなたは去るべきです。明日、王はあなたを斬ろうとしています、と。盎は言った。あなたは誰か、と。司馬は言った。以前の従者で、あなたの侍女を盗んだ者です、と。そこで盎は驚いて脱出した。〔馮の評〕梁の葛周、宋の種世衡は、いずれもこの術を使って敵に勝ち反乱を討った。張説が禍を免れたのは、巡り巡って返ってきた福と言える。兀術が小卒の妻を殺さなかったのも、異民族の中の傑出した者だ。葛周はかつて寵愛する美姫と酒を飲んだ。侍従の兵が姫をじっと見つめ続け、周の問いに答えを失った。すぐ自ら気づいて罪を恐れた。周は何も言わなかった。後に唐の軍と戦って不利になった。周はこの兵を呼んで奮戦させて敵を破り、ついに美姫を妻として与えた。
解説
この章句が説くこと
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『政談』諸役人器量の選別なる事諸役に各々その掌りありて、人の器量もその役儀に随ひて撰ひ別なるへし、老中なとは政務の本締なれは国政の全体に通達し、依怙贔負なく人の善きを育てゝをとなしき人にあらすんはその職に叶ひかたし、其の中に老中は遠大の智恵あらは瑣細なる働なくとも然るへし、若老中は仮令遠大成る智恵のかたは少くとも才智の筋を専らにすへし、両役ともに人を知り人を見出すことを職分の第一となすへし、右に云たる如くにつかさどりのすずを分けは、その筋々に随ひて器量の撰ひ人別なるへし、
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『政談』諸役人器量の選別なる事御目付は殿中御史の職なり、非法をたゝすを当職とす、法式になれすしては叶はさることなり、当時は御老中若老中のつかひものゝやうになりたるは、若老中に下つかさなき故なり、寺社奉行は寺社のをさめを第一とし、出家社家等に不法なきやうに下知すること当職なるへし、左れは寺社の古実も達せすんはあるへからす、地方は算勘の職別の仔細なし、町奉行は町の治を第一とし、町方に悪人多く出て町中治まらすんは町奉行の越度たるへし、寺社奉行も地方奉行も町奉行も当時は公事を捌くことを重とする故、治めのかたをは誰心付く人なし、治め悪しきときはたれも悪事も上たことなく、公事のことは別に公事奉行を立てゝ法律に通達したる人を用ゆへし、斯の如く御役の筋皆各別にて器量の筋も変り有ることなるに、当時は御老中若老中寺社奉行の外は、皆大方は目付より立身することなる故、何れの役も目付の風なり、又勲階と云ふ事のなき故立身の筋大方極まりて、一役を十年も二十年も一代に勤むるやうにすること成りかたし、役々の器量を相応に撰む筋失行たり、
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