竹馬抄 / 友によって芸は身につく
人に有とも思はれず、我心をも何にてか慰め侍べき、鞠などもわかゝりし時は、人數のかけたる所に、せめ立られまいらせし程に、辱なきまじらひし侍しほどに、終にはかひ〱しからね共、そのしるしは、人の名足又上手下手の振舞、心づかひなどは見しりて侍れば、いかなる上手なりとも、などかは辱給はざらん、又絲竹の道は、さしも親の重ぜられて、三曲にいたるかひにとて、物の心もしらざりし比は、わづかに七ばちなどばかり敎へられ侍りしを、世に仕へしいとまなさに中絶き、其後はかやうの事學ぶ友だちにも、そひ侍らざりしほどに、心ざしを空しくし侍りき、口おしきヿ也、これにつけても、友によりて能はつきぬべし、むかしより今までも、男女の色好の名をとりたる人は、別の子細なし、たゞ心を花月にしめて、世間の常なき色をくはんじて、心を細くもち、物の哀をしりて、志をうるはしくせしかば、能も才も人にすぐれて、やさしきかたより、此道の名をとり侍りき、かやうのヿを思ひつゞけ侍れば、今の世には、色好といふべき人、
新字:人に有とも思はれず、我心をも何にてか慰め侍べき、鞠などもわかゝりし時は、人数のかけたる所に、せめ立られまいらせし程に、辱なきまじらひし侍しほどに、終にはかひ〱しからね共、そのしるしは、人の名足又上手下手の振舞、心づかひなどは見しりて侍れば、いかなる上手なりとも、などかは辱給はざらん、又糸竹の道は、さしも親の重ぜられて、三曲にいたるかひにとて、物の心もしらざりし比は、わづかに七ばちなどばかり教へられ侍りしを、世に仕へしいとまなさに中絶き、其後はかやうの事学ぶ友だちにも、そひ侍らざりしほどに、心ざしを空しくし侍りき、口おしきヿ也、これにつけても、友によりて能はつきぬべし、むかしより今までも、男女の色好の名をとりたる人は、別の子細なし、たゞ心を花月にしめて、世間の常なき色をくはんじて、心を細くもち、物の哀をしりて、志をうるはしくせしかば、能も才も人にすぐれて、やさしきかたより、此道の名をとり侍りき、かやうのヿを思ひつゞけ侍れば、今の世には、色好といふべき人、
書き下し
人に有とも思はれず、我心をも何にてか慰め侍べき、鞠などもわかゝりし時は、人數のかけたる所に、せめ立られまいらせし程に、辱なきまじらひし侍しほどに、終にはかひ〱しからね共、そのしるしは、人の名足又上手下手の振舞、心づかひなどは見しりて侍れば、いかなる上手なりとも、などかは辱給はざらん、又絲竹の道は、さしも親の重ぜられて、三曲にいたるかひにとて、物の心もしらざりし比は、わづかに七ばちなどばかり敎へられ侍りしを、世に仕へしいとまなさに中絶き、其後はかやうの事學ぶ友だちにも、そひ侍らざりしほどに、心ざしを空しくし侍りき、口おしきヿ也、これにつけても、友によりて能はつきぬべし、むかしより今までも、男女の色好の名をとりたる人は、別の子細なし、たゞ心を花月にしめて、世間の常なき色をくはんじて、心を細くもち、物の哀をしりて、志をうるはしくせしかば、能も才も人にすぐれて、やさしきかたより、此道の名をとり侍りき、かやうのヿを思ひつゞけ侍れば、今の世には、色好といふべき人、
現代語訳
人に存在すら思われず、自分の心を何で慰めたらよいでしょうか。蹴鞠なども、若い時は人数の足りない所に無理に引き出されて、恐れ多い交わりをしているうちに、結局は上手になれませんでしたが、その効果として、人の名前や、上手下手の振る舞い、心づかいなどは見知っておりますので、どんな上手に対しても、おのずと敬意を払うことになるでしょう。また、管絃の道は、親がたいそう重んじて、三曲にまで至れよと、物の心も分からなかった頃にわずかに七つのばちなどを教えられましたが、仕官の暇のなさに中絶し、その後はこうしたことを学ぶ友人にも付き添わなかったので、志を空しくしました。残念なことです。これにつけても、友によって芸は身につくものです。昔から今まで、男女の色好みとして名をとった人は、別の理由はなく、ただ心を花や月に寄せ、世の無常を観じ、心を細やかに持ち、ものの哀れを知り、志を端正にしたので、芸も才も人に優れ、優美な方面からこの道の名を得ました。こうしたことを思い続けると、今の世には、色好みというべき人が、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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啓発録・跋嗚呼如何せん、吾身刀圭の家に生れ、賤技に局々として、吾初年の志を遂る事を不得を。然れども所業は此に在りても、所志は彼に在り候へは、後世吾心を知り吾志を憐み吾道を信ずる者あらん歟。嘉永戊申季夏橋本左内誌。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「孔子東山に登りて魯を小とし、泰山に登りて天下を小とす。故に海を観る者には水と為し難く、聖人の門に游ぶ者には言と為し難し。水を観るに術有り、必ず其の瀾を観る。日月明有り、光を容るるところ必ず照らす。流水の物為るや、科に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず。」
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『大和俗訓』巻之一・為学上されども芸は末なり、道義の学は本なり。芸をひたすら好めば、必学の志をうばはれて失ふものなり。いはんや私欲のなぐさみ好みにまかするをや。いましむべし。志を立つれば、たとへば西国の人のあづまへ行かんとおもひ立ちて、日々に行くに、其間昼夜あづまへ行かんと思ふ心は、念々つねにやまず。是あづまへ行く志たつなり。かくの如くなれば、つひに志す所に行きとどかずといふ事なし。道に志すも亦かくの如くなるべし。
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『正法眼蔵随聞記』巻五亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
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『慎思録』巻之一道に志す者は、須らく誠敬以て其の志を守るべし。然らざれば則ち流蕩放荒して道を忘れ、終にも亦必ず亡びんのみ。今の学者、大率人の不善を責むるの意思常に多くして、己の不善を責むるの意思常に少なし。此れ聖賢を以て人を律し、衆人を以て己を待すと謂ふ。是を以て学を為す者の、終に己に益無き所以なり。
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論語・公冶長篇顔淵・季路侍る。子曰く、「盍ぞ各々爾の志を言わざる。」子路曰く、「願わくは車馬衣裘、朋友と共にし、之を敝るとも憾み無からん。」顔淵曰く、「願わくは善に伐ること無く、労を施すこと無からん。」子路曰く、「願わくは子の志を聞かん。」子曰く、「老者は之を安んじ、朋友は之を信じ、少者は之を懐けん。」

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