竹馬抄 / 神仏の本意を心得る
一佛神をあがめたてまつるべきことは人として存べき事なればあたらしく申べからず、その中にいささか心得わくべき事の侍るなり、佛の出世と云も神の化現と云も、しかしながら世のため人のためなり、されば人をあしかれとにはあらず、心をいさぎよくして仁義禮智信をたゞしくして本を明めさせんがためなり、そのほかにはなにのせんにか出現したまふべき、此本ゐを心得ぬほどに佛を信ずるとて、人民をわづらはしひとの物をとり寺院を作り、或は神を敬ふと云て人類を追捕して【祀/祉】禮を行事のみ侍る、かやうならんには佛事も神事もそむき侍るべきとこそ覺侍る、たとひ一度のつとめをもせず、一度の社參をばせずとも、心正直に慈悲あらん人を、神も佛もおろかには見そなはしたまはじ、ことさら伊勢太神宮、八幡大菩薩、北野天神も、心すなをにいさぎよき人のかうべに宿らせ給ふなるべし、又我身のうき時などは、神社に祈るなどする人のみ侍る也、いとはかなくおぼゆる也、たゞ後生善所と祈るほかは、佛神の願望侍べからず、それぞじるしも侍べけれ、それすら眞實の道には直にいたらずとぞ歎き、
新字:一仏神をあがめたてまつるべきことは人として存べき事なればあたらしく申べからず、その中にいささか心得わくべき事の侍るなり、仏の出世と云も神の化現と云も、しかしながら世のため人のためなり、されば人をあしかれとにはあらず、心をいさぎよくして仁義礼智信をたゞしくして本を明めさせんがためなり、そのほかにはなにのせんにか出現したまふべき、此本ゐを心得ぬほどに仏を信ずるとて、人民をわづらはしひとの物をとり寺院を作り、或は神を敬ふと云て人類を追捕して【祀/祉】礼を行事のみ侍る、かやうならんには仏事も神事もそむき侍るべきとこそ覚侍る、たとひ一度のつとめをもせず、一度の社参をばせずとも、心正直に慈悲あらん人を、神も仏もおろかには見そなはしたまはじ、ことさら伊勢太神宮、八幡大菩薩、北野天神も、心すなをにいさぎよき人のかうべに宿らせ給ふなるべし、又我身のうき時などは、神社に祈るなどする人のみ侍る也、いとはかなくおぼゆる也、たゞ後生善所と祈るほかは、仏神の願望侍べからず、それぞじるしも侍べけれ、それすら真実の道には直にいたらずとぞ嘆き、
書き下し
一佛神をあがめたてまつるべきことは人として存べき事なればあたらしく申べからず、その中にいささか心得わくべき事の侍るなり、佛の出世と云も神の化現と云も、しかしながら世のため人のためなり、されば人をあしかれとにはあらず、心をいさぎよくして仁義禮智信をたゞしくして本を明めさせんがためなり、そのほかにはなにのせんにか出現したまふべき、此本ゐを心得ぬほどに佛を信ずるとて、人民をわづらはしひとの物をとり寺院を作り、或は神を敬ふと云て人類を追捕して【祀/祉】禮を行事のみ侍る、かやうならんには佛事も神事もそむき侍るべきとこそ覺侍る、たとひ一度のつとめをもせず、一度の社參をばせずとも、心正直に慈悲あらん人を、神も佛もおろかには見そなはしたまはじ、ことさら伊勢太神宮、八幡大菩薩、北野天神も、心すなをにいさぎよき人のかうべに宿らせ給ふなるべし、又我身のうき時などは、神社に祈るなどする人のみ侍る也、いとはかなくおぼゆる也、たゞ後生善所と祈るほかは、佛神の願望侍べからず、それぞじるしも侍べけれ、それすら眞實の道には直にいたらずとぞ歎き、
現代語訳
仏や神を敬うことは、人として当然のことですから、改めて言うまでもありません。ただ、その中で少し心得分けるべきことがあります。仏の出世も神の化現も、結局は世のため人のためです。人を悪くしようというのではなく、心を清くし、仁義礼智信を正しくして、根本を明らかにさせるためです。それ以外に、何のために現れなさるでしょうか。この本意を心得ないので、仏を信じるといって人民を煩わせ、人の物を取って寺院を造り、あるいは神を敬うと言って人々を追い立てて祭礼を行うことばかりがあります。こうなっては、仏事も神事も本意に背くものと思います。たとえ一度の勤行をせず、一度の社参をしなくても、心が正直で慈悲のある人を、神も仏もおろそかには見なさらないでしょう。とりわけ伊勢の大神宮、八幡大菩薩、北野天神も、心が素直で清い人の頭に宿られるのでしょう。また自分が不遇な時などに、神社に祈るばかりの人がいますが、まことに頼りなく思われます。ただ後世の安楽を祈るほかは、仏や神に願い事をしてはなりません。そうすれば霊験もあるでしょう。それでさえ、真実の道には直ちに至らないと嘆き、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『肝要工夫録』・神仏への信心神佛を信心すべきこと、おのれが心を正直にして、天照皇太神宮、東照宮、家の鎭守あらば其神なり。又佛といふは、我が先祖なり。その餘は、聖人のいたく戒め給ふ、其鬼に非ずして之を祭るは諂ふといふ者なり。されば月々前日より愼みて、十七日には、上野御宮、又は芝安國殿へ拜禮に出づべき事なり、(安國殿は、卑賤のものといへども、參詣出來ることなり。)また己が先祖の墓所へ月々に參詣し、朝暮には佛間に拜し、物の初穗など備へて、在すがごとく尊信すべきことなり。和論語の神詫を見るに、何れの神慮も慈悲と正直の二つに過ぎず、故に邪の願をなして、慈悲正直のこころなきものは、何ぞ利益のあるべきか。
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『肝要工夫録』・神仏は目前にありこれを以て、この二つを肝要の工夫とすること、神佛を祈念するの基なるべし。且つ又他の神佛を信ずるとも、心正直にして、その祈る神佛の目前にいますが如く思ひて信心せば可なり。いかむとなれば、その神佛のまのあたり見聞して居給ふやうに思ふ故、邪曲のをこなひあらば、その神佛の誠もあらむかと、をのづから、其身をも愼むものなり。然れども、流行神など信ずるは、俗中の俗にして、論なし。唯だ專らに、今生神生佛の主君父母に心力をつくし、忠孝の二つ□以て、信心するに若くはなし。眼前に利益ありて、天より福を降し給ふ事と知るべし。
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『玉勝間』九の巻 神をなほざりに思ひ奉る世のならひをかなしむ事世の人の、神をなおざりに思い奉るは、かえすがえすこころ憂きわざなり。さるは程々に、尊み奉らぬにしもあらざんめれど、ただ世のならいの、人なみなみの、かいなでの尊みのみこそ有れ、まことに心にしめて尊み奉るべき事を、思いわきまえず、ただおろそかにぞ思いたんめる。目にこそ見えね、この天地万の物の、出で来始めしも、又むかし今の、世の中の大き小さきもろもろの事も、人の身のうえ、食い物、着物、居どころ、なにくれ、もろもろの事もことごとく神の御めぐみにかからざる事は無きを、さるゆえよしをば忘れ果てて、なべての人、ただまがつひのまが事にのみまじこり、心をかたむけて、万にさかしだつ人はたからぶみごころを、心とはして稀れ稀れに神代の御事どもを聞きても、ただはるけき世界の、昔語りを聞くがごと、よそげにのみ思い過ごして、そは皆今の世の中、おのが身々の上にかかれる、本なる事を思いたどらず。万よりもかなしきは、神の社神事の衰えなるを、かばかりめでたき御代にしも、もろもろの古き神の御社どもの、いみじく衰えませるを、なおしたて奉らんの心ざし有る人の、世に出でこぬこそ、いともいとも口惜しけれ。
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『直毘霊』大御心を心として古えの大御代には、下が下まで、唯天皇の大御心を心として。天皇の思ほしめす御心のまにまに仕え奉りて、己が私心は露なかりき。ひたぶるに大命を畏み敬い服いて、大御慈しみの御蔭に隠ろいて、おのもおのも祖神を斎き祭りつつ天皇の大御皇祖神の御前を拝み祭り坐すがごとく、臣連八十伴緒、天の下の百姓に至るまで、各祖神を祭るは常にて、又天皇の朝廷のため天の下のために、天つ神国つ神諸をも祭り坐すが如く、下なる人どもも、事に触れては、福を求むと、善き神に請い祈ぎ、禍を逃れんと、悪しき神をも和め祭り、又たまたま身に罪穢れもあれば、祓い清むるなど、皆人の情にして、必ず有るべきわざなり、然るを心だにまことの道に適いなば、など言うめる筋は、仏の教え儒の見にこそ、さることもあらめ、神の道には、甚く背けり、又異国には、神を祭るにも、唯理を先にして、様々議論あり、淫祀など言いて、戒むることもある、皆さかしらなり、凡て神は、仏などいうなる物の趣とは異にして、善き神のみにはあらず、悪しきも有りて、心も所行も、
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『玉勝間』十四の巻 世の人まことの道に心つかざる事天の下大かた、件の如くなれば、ただいずこもいずこも、仏寺のみ栄えて、神社はいたく衰えまして、その衰えを憂うる人も無く、神はただ、病その外の祈り事にのみ用いられて、この道もただ、世の中の外の無用の物の如く、ただ古えより有り来たれる事として、ひたぶるに廃られぬと云うのみなり。この道は、これ天下を治め、国を治むる、先務要道なることを知れる人は、われいまだ、夢にも見きかず。いともいとも悲しき事ならずや。
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『都鄙問答』卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段又吾もろもろの蒼人草いつはり謀りて、たとへ善と思ふ共、必ず天の尊の怒りを受けて、根の国におもむかん。正しき心を持ちて正しく悪しき共、必ず天の神の恵みあらんと、皇太神宮の宝勅なり。神御納受無きことに、氏子を苦しめ金銀を出させなば、神の御心に背くにあらずや。神主と成る者は、御神託に因りて、神の御心を知るべし。何事も御心を知るの徳による。譬へば禹王の有苗を征せしも、師を班し、徳を敷くには如かざりき。物の成就致しがたきは、身の不徳なりと我を顧みば、恥しきことも多かるべし。心を明らかにする為に神に仕へ、反つて心昧くば、神罰を受くること速かならん。扨て仏の道は五戒を有つに依りて、仏の弟子にあらずや。其れに寺の修覆と云へば、内福の寺方にても、世間に習ひて、

人生を、一行の式にしてみた。
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